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「アルバイト、しませんか?」
そう言われたのは2ヶ月ほど前だろうか。
内容はぬいぐるみの製作。
それもウェディングドレスとタキシードを着た2体のウサギ。
曰くそれはウェルカムラビットと呼ばれる代物らしく、結婚式の受付などに置かれているらしい。
普段ここではドレスの買い取りをしてくれる客には無料でレンタルしていて妹のアルテッサもそれを頼んでいるらしいのだが、これを作ってプレゼントしてみないかとのこと。
もちろん作るからには凝ったものを。
それがアルテッサが実際に着るドレスと同じものをこのぬいぐるみに着せるというもので。
そこでなぜアルバイトが出てくるのか。
首を傾げれば、作る上でのアドバイスや保管等に便利だからと言われてしまった。
更に、この場所で作るからにはアルバイトとしていてくれた方が来やすいだろうし、材料費の調達は自分達がするから製作だけに集中して欲しい。
出来た暁にはバイト料として渡すから。
なんとも都合のいい話で、さすがに材料費は出させてくれと頼んだのだが、妙なところでタッグを組んだ2人には勝てず。
今こうして針仕事をすることになったのだが。
まさか自分がこの歳になって今更ぬいぐるみなどというモノを作ることになるとは思わなかった。
突然の提案に戸惑ったものの、いつの間にか週1ペースで通うことが決まっていた。
もちろん来れない時もあるからまだ数えるほどしか来ていない。
その上慣れない針仕事である。
目は疲れるし、指先は何度となく刺した針のせいでちくちくと痛む。
ずっと座りっぱなしだから腰やら肩やらも痛くなる。
是と答えた自分を恨めしく思うこともあった。
だがそれでもここに通うのは妹のため、でもあるのだが。
「少し休憩しませんか?」
かけられたのは穏やかな優しい声。
振り向いて目が合うと、笑顔のレインが隣りのダイニングセットのある部屋を指差した。
手の中にはちょうど仮縫いが終わった布があって、きりがいいからとそのまま立ち上がった。
レインの消えたドアを自分もくぐれば、ダイニングセットの上には既にいくつかのお菓子とティーカップが並んでいた。
一番手前の白いカップが置かれたところが自分の指定席になっている。
まだたった2ヶ月、しかも週1回しか会わない自分のその場所がくすぐったくも嬉しい。
たとえそれが今まで3人で座っていてその余った場所であっても。
「わ、今日はみんなそろったね!」
はす向いのファインが嬉しそうに言えば、その隣り―――自分の前―――で既にカップを傾けていたシェイドが応えた。
彼に会ったのは初めてバイトとしてここに来た日で、営業や経営に関することのほとんどを受け持っているという。
逆にファインとレインはドレスや小物等の製作全般を手掛けている。
その2人が集中して作業出来るように自分がしっかりしなければ、とこぼすのを聞いたことがあった。
その視線は優しくて、自分まで頑張らねばと思ったことは強く残っている。
とりわけファインを見つめる目が暖かいと思うのは、きっと間違いではないだろう。
今の席順を見てもそれは明らかで。
そのおかげで今自分はレインの横に座っている。
いきなりアルバイトなどという提案をされて迷ったものの、彼女の穏やかな笑顔に後押しされて頷いた。
初心者な自分にも丁寧に根気強く教えてくれたからこそ今日までめげずにやってこれた。
明るく元気なファインの横にいるせいか、余計にその優しさが際立って見える。
自然と穏やかでそっと支えてくれるような暖かさに惹かれて。
そっと隣を盗み見ればたまたま目があってしまった。
気付いたレインがそっと微笑む。
そんな何気ない仕草に心躍らせて。
ここは随分居心地がいい。
慣れないながらも余り布で刺繍の練習をしたり、緊張しながらミシンの使い方を教えてもらったり、すべてのことが初めてだった。
それでもこの半年の間に随分慣れたと思う。
悪戦苦闘しながらも時間はあっという間で、アルテッサの式もすでにもう1ヵ月後に迫ってきている。
当のプレゼントはといえば、これまた順調にあと一歩で完成というところまできていた。
なんだか順調すぎて逆に怖いくらいで。
しかし彼女に会えると思うと張り切って「shine」に向かう、そんな自分が単純だ。
今では彼女に会える時間がとても貴重に思う。
あと少し、完成するまでもう少しだけ、彼女の隣にいたい。
約半年間のアルバイトは確実に自分の中のレインの存在を大きくしていった。
ふとした瞬間にあふれてくる愛しいと思う気持ち。
どうしようもなくてぶちまけてしまおうかと思ったこともある。
けれど週1ではあるがバイトとして会えるこの時間と関係を壊したくはないと思うのも事実で。
悶々としたまま、いつものようにドアをくぐりいつものように定位置につく。
細々とした準備に取り掛かると、応接間に使っている部屋からファインが顔を出した。
いたずらっ子のような楽しそうな顔で。
「ちょっとの間、顔出さないでくださいね?」
わざわざ言われなくても正式なバイトではないことは自覚しているからそんなことしないのだけれど。
それは彼女もわかってるはず。
言われた言葉に信用がないのかはたまた今日のお客さんはなにか特別なことでもあるのか悩み、うなずきながらも首をかしげると逆に不思議そうな顔をされてしまった。
「聞いてませんか?これからアルテッサ様がいらっしゃるんですけど」
出掛けることは聞いていたがまさかここだとは思わなかった。
自分がいることがバレたらかなり不審がられるだろう。
そしたらせっかくのサプライズプレゼントの意味が半減してしまう。
今日は大人しく作業部屋に篭ることを了承した。
集中すると時間はあっという間で。
時計を見ればいつも帰るよりも少しだけ遅い時間で、窓の外は薄墨をまいたような色をしていた。
ずっと同じ姿勢でいたから肩は重いし目はしぱしぱする。
それでも充足感に満ちていて。
「出来た…」
「おめでとう!」
思わずこぼれた言葉は隣にいたファインに聞こえていたらしく、返された言葉に自然と笑顔が浮かんだ。
「君たちのおかげだ…」
ありがとうを込めて言えば、照れたような笑みが返されてくすぐったい。
今ここにいないレインにも伝えたいのだけれど。
ファインのように、彼女も笑っておめでとうと言ってくれるだろうか。
シェイドとともに出ている今はまだそれは叶わない。
帰ってくるまで待たせてもらっても今日ばかりは許してもらえるだろうと伺えば、快く頷いてくれた。
「どうせなら戻ってくるまで少し手伝わせてくれないか?…せめてそれぐらいさせてほしい」
逡巡の後に任されたのはボンネットのビーズ刺繍。
ぬいぐるみのドレス部分でやったそれと似たものを選んでくれたらしく、特に苦労することもなくこなしていく。
こんな行為に慣れてしまった自分に苦笑して、それだけ彼女達と過ごした時間が長かったんだと思うと自分に似合わないこんな特技を身に付けたことも嬉しく思う。
それだけにこれからは何もない関係戻ることに、ここに来る理由がなくなることに胸が締め付けられる。
少し精神的にも俯きながら作業を続けていると玄関の開く音がした。
「あ、帰ってきた」
ファインが声を上げて程なくして、彼女のすぐ後ろのドアが開かれた。
「おかえりー」
いささか疲れた顔のシェイドが入ってきて脱いだコートをファインが受け取りハンガーにかける。
それがとても自然で。
少しだけ羨ましい。
自分も、レインをあんなふうに暖かく迎えることが出来るだろうか。
そう思って視線をめぐらせると、そのレインが自分を見て瞠目していた。
その表情がみるみるうちに険しくなり、耐え切れないとでも言うように口を開く。
「それ…」
「レイン?」
「どうして…ブライト様にやらせたの!?」
その叫び声に戸惑いおろおろしてしまう。
レインの鋭い視線の先はファインに向けられていて、そのファインも驚いてうまく声が出てこない。
いきなりのことにいつもは冷静なシェイドさえも戸惑っていた。
こんなレインを見るのはきっとそうそうあることではないのは容易に想像できる。
いつもの穏やかな優しい声からはかけ離れたきつい口調と台詞。
さっき自分を、正確には自分の手元を見ていたことから原因はたぶんこのボンネットのせいだろう。
しがないバイトが、それも縫製も刺繍も初心者の自分が彼女の仕事に手を出してしまった。
きっとそれを怒っている。
「…すまない」
手に持っていたやりかけのボンネットをレインの手に返す。
彼女の仕事を妨げることはしたくない。
なにより、これ以上彼女の怒った顔を見たくない。
今日で終わりなのだから。
「ファインに無理を言って手伝わせてもらったんだ、彼女を責めないでほしい」
そんな理不尽な怒りをぶつけるとは思えないが、彼女達が諍いを起こす可能性は1%でも残したくなかった。
「それから…さっき、完成したんだ」
驚いたように見開かれる瞳を穏やかな気持ちで見返す。
笑顔ではないけれど、最後に見る彼女の顔が怒りに染められていなくてほっとした。
それから、伝えたかったこと。
「今まで、本当にありがとう」
笑顔で言うことが出来た。
そんなことで今更満足できてしまうことに驚いたけれど。
思い残すことはもうない。
レインの顔を目に焼き付けて、「shine」を後にした。
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