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『まかないがポテト食べ放題って聞いたのに、売れ残りすら食べちゃダメだって…』
気になる子がいる。
本当はジャンクフードはあまり好きではないのに、その子のコトが気になって仕方なくて、ついつい足が向いてしまう。
それでもやっぱり塩がききすぎたメニューは好きではないので、いつもと同じ注文をする。
「…コーラ、Lで」
ジャンクフードは好きではないが、炭酸は好きだ。
「はい、ありがとうございます!」
いつもの笑顔で、いつもの返し。
そりゃそうだ。
ただの客とハンバーガーショップのアルバイトだ。
知っているのはここでバイトしていることと、彼女の名前だけ。
胸のネームプレートには味気ない書体で『ファイン』と書かれている。
それ以外、何も知らない。
「あ、すみません」
「なんだ?」
いつもならたどたどしい仕草で紙コップをセットするのに、今日は顔を曇らせて動く様子がない。
問えば、申し訳なさそうにドリンクの機械の不調を説明してきた。
代わりにコーヒーなら大丈夫なんですけどというので、仕方なくアイスコーヒーをMサイズで注文する。
「コーラお好きなのに、ごめんなさい」
「え?」
「違うんですか? いつもコーラしか頼まないからてっきり…」
「いや、好きだけど」
本当に注文したいのはスマイルです、などと言ったらひかれるだろうか。
それよりなにより、顔を覚えていてくれたことに驚いた。
人影もまばらな店内でレジに並ぶものもいない今ならば、少しくらい世間話をしても迷惑じゃないだろうか。
といってもこの場できる自然な話など、咄嗟に出てくるはずもない。
両手で差し出されたコーヒーを受け取ると、きびすを返すしかなくなってしまった。
と思ったら、カップの横でほんの少し触れ合った指先が、離れない。
驚いて彼女を見ると、少しだけ近づけられた顔が内緒話をするみたいにこっそりささやいた。
「お詫びにポテトサービスしますから、次はイートインしていってくださいね」
すぐに離れた顔は真っ赤で、視線はあさってのほうを向いている。
きっとこれは、自分だけのサービスのはずだ。
「…明日、また来る」
「っ、はい! またのお越しをお待ちしてます!!」
* * *
『彼に誕生日プレゼントが買いたくて始めたけど、選んだ理由は制服のネクタイと帽子が可愛かったから』
僕の彼女がバイトを始めた。
どこにでもあるファーストフードで、バニラシェイクが好きだと言っていた。
正直、彼女との時間が減ったので手放しに歓迎はできないのだが、頑張る姿は微笑ましい。
その頑張りは、大抵から回ってるけれど。
バイトに行った次の日は必ず、あれを失敗した、これをどこにぶちまけた、おつりを間違えた、エトセトラ。
よくそんなに出てくるなというほど、失敗した話しか聞かない。
それでもめげない、頑張り屋なところは彼女の美点で尊敬している。
「いらっしゃいませ!」
そんな彼女を応援しようと、今日は彼女のバイト先を訪ねた。
僕を見つけると、その青い目が嬉しげに微笑む。
当然のように、彼女の前のレジに並んだ。
といっても店内の客足はまばらで、三台並んだレジに店員はレインしかいない。
僕にとっては好都合だ。
これから僕は、少しだけ恥ずかしい注文をするから。
「チーズバーガーのセットをお願いします」
「はい、ありがとうございます! ドリンクはどうなさいますか?」
「アイスティーをストレートで」
「かしこまりました」
微笑むレインの目元がほんのりと赤いのは、きっと気のせいなんかじゃない。
いつもと違う距離感にくすぐったい気持ちなのは僕だけじゃないようで、ちょっとほっとした。
本番はこれからだ。
「それから…」
「はい?」
「スマイル、ください」
メニューにものっている0円メニューを注文した。
これなら彼女は絶対に失敗しないうえに、僕も得して一石二鳥。
きっと恥ずかしげにそれでも精一杯の笑顔を向けてくれると思ったのに。
「あの、大変申し訳ないのですが、」
まさかの拒否。
「プライベートで売約済みなので、差し上げられません」
顔を真っ赤にしてうつむいても、カウンターの向こうの方が高さがあるからその顔は丸見えで。
恥ずかしげに伏せられた睫毛の震えもなにもかも、そのただプライベートの客は自分だと肯定している。
しかもそれってバイト中じゃなく、店の外で二人っきりのときにはいくらでも見せてくれると言っているのと同義だと気づいているのかいないのか。
あー、ダメだ、やられた。
普段はこれでもかというほど鈍いから直球ストレートで攻めないとわかってくれないくせに、たまにこうやって彼女の方からとんでもないカーブを投げてくる。
しかもど真ん中ストライクで。
これはもうあれだ、バイト中の彼女の携帯にデートのお誘いメールを送るしかない。
お互いわたわたしながら会計をすませてなんとか椅子に座ると、開こうと思っていた参考書の代わりにたまたま鞄に入れていたグルメ雑誌を取り出した。
彼女のバイトが終わるまであと二時間半。
次回のデートプランを練るには十分な時間だろう。
メールの返事は直接彼女に聞くことに決めて、アイスティーにストローを差した僕は雑誌の目次をめくった。
* * *
『調理バイトのつもりが最近はカウンターにも無理やり出されるけれど、ポテトを揚げるのだけは誰に譲る気もない』
ここの店のポテトが美味しい。
聞いた話では、どこかの工場でまとめて作って冷凍して運んで、お店では揚げるだけ、らしい。
たまに出かけた先で同じチェーンの店に入ることもあるけれど、どうも違う気がする。
不思議に思いながらやはりこの店で食べるポテトは美味しいと思い、結構な頻度で入り浸っていた。
そして気がついたのは、このお店の中でも美味しいときと、そうでもない時があるということ。
美味しいときには、必ず、同じ人がフライヤーの前に立っていた。
あ、今日は美味しい人だ。
だから、店に入ると必ずカウンター裏にあるフライヤーをチェックして、頼むものを決める。
美味しい人がいたらてりやきバーガーをポテトLセットで。
いなかったら、ダブルチーズバーガーをポテトSセット。
今日はLセットだ、と思ったけれど、なんだかおかしい気がする。
「いらっしゃいませ」
あれ?
レジに並んで違和感の正体に気づいた。
いつもフライヤーの前に立っているその人が、レジにいた。
横顔ばっかりしか見たことなかったけれど、このひとは絶対そうだ。
帽子から藍色の髪がこぼれて目にかかりそうなぎりぎりのところをふわりと揺れている。
正面からはあんまり見たことはないけれど、間違いない、美味しい人だ。
「ご注文は何になさいますか」
もういっそ清々しいほど愛想がない。
ちょっとへこたれそうになりながらもどうしても譲れなくて、彼に質問する。
「あの、ポテトはあなたが揚げたやつですか?」
「は?」
面食らったように目をぱちぱちさせている美味しい人。
ネームプレートを見ると、シェイドと書かれていた。
「だから、ポテトはシェイドさんが、揚げたやつですか?」
「え、あぁ、そうですけど…」
肯定の言葉に満足して、Lセットで注文した。
よかった、レジにいるから違う人が揚げたのかと思った。
「あの、違ったら注文が変わるんですか?」
ドリンクを準備しながら彼が話しかけてきた。
ちょっと怪訝そうな顔で、当然の事を聞いてくる。
返事は是。
ポテトが好きだ。
細くてさくさくの、しっかり塩の効いたここのポテトが。
どうせなら美味しいほうを食べたいに決まっている。
「だって、あなたの揚げたポテトが一番美味しいから」
途端になぜか赤くなった彼は、サービスだといってかなり多めに入れたポテトをトレーに乗せてくれた。
椅子に座ってポテトをつまむと、やっぱり美味しい。
他の人が作ったやつと全然違う。
嬉しくてにんまりしてしまうけれど気にしない。
ふと顔を上げると視線の先ではさっきの彼と目が合って、お礼の意味もこめてひらひらと手を振ったら、また顔を真っ赤にしてレジに向かっていった。
また来よう。
もしかしたらもう一回くらいポテトサービスしてくれるかもしれないしね!
* * *
『学生バイトで始めたら案外性に合っていたようで、いつのまにか店長になってた』
その人はとてもレアな人だった。
学校の最寄り駅に程近いファーストフードは、放課後に来るといつも学生でにぎわっている。
自分もその中の一人で、ポテトをつまみながらファインや友達とおしゃべりしたり、キャラメルラテ片手に学校の課題をこなしたり、暑い日にはストロベリーシェイクで涼んだりしている。
座る場所はいつも決めている。
入り口のすぐ横のボックス席は、外の空気が入ってくるのと人の出入りが多くて騒がしいのが敬遠されるのか、大抵空いていた。
そしてそこは、カウンターの中がよく見えた。
いろんな機械がおかれたその中にはせわしなく動き回る店員たちがいて、皆一様に赤や青のシャツに黒いエプロン姿で同じ帽子をかぶっている。
その中に一人だけ、グレーのシャツに色鮮やかなリボンタイをして黒のベストを着た人がいる。
帽子は皆と同じなはずなのに、そこから覗く鮮やかな金髪が彼だけなにか特別なように感じさせられた。
いつもいるわけじゃない。
レインだって学校帰りによく寄っているけれど、見かけることのほうが少ない。
だから会えた日は(といっても一方的に眺めているだけだが)、いい日だと思う。
たとえて言うなら、朝の占いで自分の星座が一番だったときのような。
たいしたことじゃないけど、結構嬉しい。
それも今日はレジで注文をとっているなんて、とても珍しい光景だった。
柔らかく笑う目元とか、メニューを指し示すちょっと骨ばった指とか、後ろを振り返ったときの首筋のラインとか。
気づかれないのをいいことに、これでもかという程ガン見した。
しばらくして客足も途絶えた。
少し休憩しておいでと他の店員たちに声をかけている声が途切れ途切れに聞こえて、それからレジには彼一人になった。
あんまり見つめるのは、そろそろ気づかれるかも知れない。
自分の手元を見ると期間限定の青くて綺麗な色の炭酸は底が見えそうで、氷がかなり解けて薄くなっていた。
ちょうどいい、かもしれない。
ぬるくなったそれをゴミ箱に捨てると、一直線にレジに向かった。
「ご注文ですか?」
出て行くどころかまたもレジに向かってきたレインに不審げな表情ひとつすることなく、にこやかに声をかけてきてくれた。
こうやって直接話をするのは初めてで、胸がときめく。
近くで見ると、綺麗な赤い瞳をしていた。
「えっと…」
「はい?」
「ああぁぁあぁの、」
つい声がどもってしまう。
落ち着け落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながらさまよわせた視線が、カウンターにあるメニューを捕らえた。
うん、大丈夫。
だってメニューにも載ってるもん、一番隅っこだけど。
頑張れあたし。
「スマイルくださいっ!」
ひかれたらもう二度と来ないよしそうしよう。
言い逃げする準備だけしたら、意を決してメニューから顔を上げた。
さっきまで優しげに微笑んでいた彼の顔は。
無表情だった。
アウトーーーーーー!!
もう駄目だ。
二度とこの店には来ない。
ていうか来れない。
ゴメンナサイして出口へGo!だ。
「大変申し上げにくいのですが」
謝るのも忘れて反射的に逃げかけた腕をつかまれた。
ビクビクしながら見上げると、口元だけわずかに微笑んでいる、ように見えなくもない。
「ただいま品切れでして」
でも目は絶対笑ってない。
正直、怖い。
「あちらから再入荷いたしますので、ご足労願えますか?」
指差した先は立ち入り禁止の札が貼られた従業員扉。
つかまれた腕はそのままに、有無を言わせず強制連行。
ちょっとどこ行くんですか。
ちょーーー怖いんですけどーーーーーーー!?