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かすかにドアの開く音がして、意識が覚醒していくのがわかった。
ゆっくりと目を開けたのにそこは真っ暗で。
ぼんやりとしたまま思考をめぐらせれば、そういえば布団を被ったまま寝ちゃったんだっけと思い出した。
それも、レインのベッドで。
あれ以来なんとなく考えることが多くなって、なんだか憂鬱で、いつも一緒に寝てるのにそれでもレインのぬくもりを探すようにふらふらとこのベッドにもぐりこんだ。
夜の眠りはいつも浅くて、うとうとしているうちにいつのまにか眠ってしまったらしい。
今も半分寝ているような感じで、意識も身体もふわふわしている。
それでもなんとか音源を耳でたどると、頭のてっぺんまで被った布団の僅かな隙間から見慣れた青が見えた。
それだけで安心する自分がいて。
だけど最近は同時に胸が締め付けられるように切なくて。
声をかけようか悩みながらも身体は反射的に起き上がろうとしていたのだが、聞こえた別の誰かの声に伸ばしかけた手が止まった。

「失礼するよ」

ブライトだ。
ここはレインの部屋だから、レインが招いたのなら文句は言えない。
けれど、なんとなく面白くなかった。

「それで…お話って?」

躊躇いがちに発されたレインの声はどことなく冷たかった。
前なら、きっとこんな声は出さなかった。
あんなに憧れて大好きだったブライトに、こんな態度は見せなかった。
不思議だけれど。
それ以上に。

「ファインのことなんだけど」
「ファイン…?」

突然出された自分の名前に一瞬びくりと身体がすくむ。
けれどもぐり込んだベッドはふかふかで、微かに震えた身体も、自分の存在自体も隠してくれる。
今出ていってはいけない気がした。

「少し、無理しすぎじゃないかな」

無理?
私が?
浮かんだ疑問はレインも同じようで、僅かな間の後に発された声には疑問符が浮かんでいた。

「いや、ファインじゃなくて君が、無理してる」
「私が?」
「あぁ」
「別に無理なんか…」

ふっとレインが動く気配がした。
たぶん、ブライトに背を向けたんだ、反射的にそう思って慎重に覗けばやはり目を逸らすレインの姿があった。
こういうときのレインはわかりやすい。
仕草がもう言葉を裏切っている。

「してる」
「…離して」

ブライトの腕がレインを引き寄せた。
まるで逃がさないとでも言うかのように、強く、背中に回った腕に力が篭っているのがわかる。
逸らされたままのレインの目はどこか苦しげで。
やっぱり、無理してるんだ。
そう思うと、わかっていたことだけど、やっぱり悲しかった。

「君がファインのことを想うのはわかる。けど、他にも支えてくれる人はいるだろう?」
「でも…」
「でももだっても聞かない。少し休んだほうがいい」


「でも、ファインには私が付いてなきゃダメなの」


ふいに向き直ったレインが強く言い放つ。
その目に射すくめられたようにブライトが一瞬身体を強張らせた。
それから、諦めたようにその腕を緩めて代わりにその手でレインの頬を包み込んだ。

「…わかった。でも無茶はしないでくれ」
「わかってるわ、私が倒れたらファインが心配するもの」

これでも最近はちょくちょく休んでるのよ、とレインが笑って。
それからしばらくは穏やかに話す二人の声が聞こえたけれど、自分にはまったく届かなかった。
さっきのレインのセリフが耳から離れなくて。


『ファインには私が付いてなきゃダメなの』


嬉しかった、どうしようもなく。
レインがブライトよりも自分を選んでくれたみたいで。
けれど、それと同時に絶望した。
だって、レインを束縛しているのは私なんだから。
私がいるから、レインは何にも出来ない、どこにも行けない。

「それじゃ、先に行ってる」
「えぇ、私もファインの顔見たらすぐに行くわ」

ブライトが出て行った気配と同時に、レインが自分の部屋の扉に手を掛けたのが布団の隙間から見えた。
早く出て行ってレインに体温を分けてあげなきゃ。
疲れた心を満たしてあげなきゃ。
そう思うのに身体が動かない。


私が、レインを縛ってるんだ…。










会議の時間が迫ってきている。
始まる前に少し時間があるかと妙に真剣にブライトが聞いてくるものだから何かと思えば。
これならわざわざ人目をはばかって自分の部屋に連れてくるほどのことではなかったと思う。
でもついでにファインに顔を見てみようと隣の部屋への扉をくぐった。
けれど入った部屋にファインはいなくて。
食堂にでもつまみ食いにでも行ってるのかなとあたりをつける。
本当は顔を見てから行きたかったのだが、ここにいないなら仕方ない。
今は諦めて帰ってきてから存分にあの体温を分けてもらおう。

「ファインには私が付いてなきゃダメなの、か…」

さっきブライトに言った自分の言葉。
なんて傲慢なんだろう。
ファインには私がいなくても大丈夫なのに。
いつも元気で明るくて、そんなファインにはシェイドがいる。
アルテッサもソフィーもミルキーも、みんながいる。
だから。
物理的に自分から離れたら倒れるということ、それを除けば、ファインは特に困ることもないはずだ。
ただ、それを知ったとき歓喜した自分がいた。
ファインが自分から離れられないということ、それに何より喜んでしまった。

「本当は…私がファインがいないとダメなのにね」

ファインがいないと寂しい、辛い、悲しい。
分け合う体温に甘えて、与えられる優しさを貪って。
こんなにも、依存している。
だからそれにつけ入った。
ファインが自分から離れられないのをいいことに、国すらも巻き込んで、全てにおいてファインが自分から離れられないように画策した。
ファインがいるなら少しぐらいの無理なんて疲れもしない。
部屋に帰って見せてくれる笑顔があれば、いくらでも頑張れる。

「でも…もう、無理なのかな」

それにも限界があるのかもしれない。
自分はまったく平気なのだけれど、ファインが。
最近のファインはあまり元気がなくて。
いつもどこか遠くを見ているようで、考え込むことが多くなった。
どことなく塞ぎこんでいる感じが消えない。
そしてなにより、迎えてくれる笑顔が辛そうで。
無理して笑ってるものだから、余計に悲しくて。

「私、間違ってたのかな…?」

ファインのためだといって、でも結局は自分のためにしたことだ。
やっぱり無理だったのだろうか。

「レイン様?」
「…キャメロット」
「もう会議の時間が迫っております、こちらへ」
「えぇ、ごめんなさい」

放たれた扉へ一歩を踏み出す。
間違っていたとしても構ってられない。
だってもう、事を起こしてしまったのだから。

「資料はこちらにそろえてあります。なにか質問は?」
「さっき一通り見たから大丈夫」
「それはようございました、では参りましょうか」

願わくば、ファインがずっと自分の傍を離れませんように。





この星のすべての国が参加する秋の大会議。
各国それぞれの産業について収穫やその成果を報告し、来年へとつなげていく。
だからとても大事な会議で、各国大使の報告が熱っぽく語られていた。

「―――であるから、この収穫量では…」

なんだろう、さっきから胸が痛い。
それにさっきから大広間の外が騒がしい気がする。
胸騒ぎがした。

「…レイン様、ちょっと」

胸の中の嫌なものを探るように――本当はそんなことをしていてはいけないのだけれど――自分の思考にもぐっていたら、急に後ろからルルの声が聞こえた。
見ればその仕草が自分を外へと促す。
今はとても重要な会議中で、抜けるなんて出来るわけない。
けれどその顔があまりにも必死で。
一瞬の躊躇いの後、すぐに立った。

「大変申し訳ありません、すぐに戻ります」

せめて最大の礼を尽くそうと頭を下げた瞬間眩暈がした。
貧血にも似たその症状には覚えがある。
もしかして。

「…レイン様?」
「手短に説明して」
「――はい…」

次の間に出たとたんに壁に手をついて身体を支える。
気付いたルルが手を差し出してくるが、そんなことにかまってはいられない。
つい鋭くなってしまう視線に一瞬ルルが目を瞠って。
少しだけれど、口ごもる姿に確信した。

「ファイン様が…城をお出になりました」
「…そう」

口から漏れたのは、ため息にも似たたった一言。
やっぱり、無理だったんだ。
自分でも、驚くほど落ち着いていた。

「そう、…ってそれだけですか!?」

驚いたのはルルのほうだった。
無理もない、私がいなければ、ファインが消えると思っているのだから。

「プーモは?」
「ファイン様を追ってすぐに出られましたが…」
「それなら大丈夫」
「でも――っ!」
「大きな声を出さないで」

ふらつく身体を何とか支えてルルを制する。
壁一枚隔てた向こうでは、まだ会議が行われているのだ。
自分は、おひさまの国の代表の一人としてすぐに戻らなければ。

「プーモがいれば大丈夫。私はすぐに戻らなきゃ」
「けど…」
「それが、私の仕事なの」

そう、これが自分で選んだ仕事だ。
大好きなこのおひさまの国を、この星を、ファインを、守るためのプリンセスとしての役目。
わずらわしいなんて思わない。
ファインを守れないなんて、誰にも言わせない。
絶対に、私が守ってみせる。
私から開放してあげる。


「大丈夫」



ずっとずっと、大好きだよ。







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