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遠くへ、もっともっと遠くへ行かなければ。
重い足を引き摺って、でもそれだけじゃ動かない足を身体ごと前へ出して。
とにかく一歩でも先へ。
城から離れなければ。
それだけを考えていた。
また、倒れるかも。
一瞬よぎった考えに頭を振った。
苦しくたっていい、辛くたって構わない、倒れたらそれこそ本望だ。
きっとそれよりももっとレインのほうが苦しい。
縛られて、みんなの期待を背負って、それに負けないように気を張って。
今まではずっとふたりだったのに、急に一人の肩に背負うことになってきっと絶対辛いはず。
なのにいつもいつも笑っていてくれた。
そばでずっと励ましてくれた。
いつか、いつかきっと元に戻るよ、そう言って微笑んでくれた。
だから今度は、私が返さなきゃ。
離れるのは辛いけど、レインのためなら頑張れる。
だって、世界で一番大好きだから。
「…―――ッ!」
遠くで微かに声が聞こえた。
反射的に離れなければと思うのに、足が重くて動けない。
だってあれは…プーモの声だ。
「ファインさま!?」
明らかに声の質が変わった。
聞こえてくるその距離も。
見つかってしまった。
はっきり聞こえるその距離が、レインとの距離のように思えて余計に苦しい。
「ファインさま、大丈夫でプモか!?」
「プーモ…」
プーモ、だけ?
いつもはレインが一緒なのに。
遠くなる意識の隅で聞く声は、いつもレインが一緒だった。
初めて倒れて駆けつけてきてくれたときも、シェイドと一緒だったときも。
だから今もレインが来てくれたと思って無条件に喜んでしまった自分を嫌悪していたところなのに。
「ファインさま! しっかり!!」
慌てたように――実際慌てているんだろうけど――せわしなく飛び回るプーモが少しだけかすれて見える。
今にも手放してしまいそうだけれど、意識はしっかりしている。
違う。
なんだろう、この違和感は。
「ねぇ、プーモ…っ!?」
「ファインさま?」
一瞬、身体の力が抜けた。
かくりと地についた膝に、思わず身体を抱きしめる。
でも目はしっかり開いていたからプーモも心配げに声をかけてくれたのだけれど、それどころでは無かった。
だって今のは。
「プーモ…ねぇ、レインは?」
声が震える。
でもこの震えは私だけのじゃない。
「レイン様は…城で会議の筈、」
「ちがうよ」
来てくれないことを責めてるのかと勘違いしたらしく躊躇っていたプーモを、聞いたくせに遮った。
「だってレインが…」
感じた。
身体の全てで、心で。
一番大事な、大好きなあの子がまさか。
レインが、倒れた。
その知らせを聞いたのは、レインの退出により休憩となった会議用に与えられた、宝石の国用に用意された客室でだった。
毎年行われる夏の大会議は、年毎に交代し持ち回りで会場を用意するのだけれど、ここおひさまの国で行われるそれは格別だ。
自分だって宝石の国の王子として、この場所でのこの会議に出られることを心待ちにして、そして今では誇りに思っている。
すべての者、全ての物にもたらす光と熱、それらを管理するするこの国は特にふしぎ星に無くてはならない国である。
そんな国が主催する会議の最中、たとえトゥルース王とエルザ王妃がメインとなって進めているとはいえ主催の国のプリンセスが退出するなんて。
対外的にはおひさまの国のプリンセスは一人になり、事実上彼女が後継者となったも同然だ。
そこまで考えて星中巻き込んで行動したはずの彼女がそんな自覚に足りないまねをするはずがない。
そこにきて休憩となった会議、そして呼ばれた自分。
なにも無いわけがない。
どんなことを言われても驚くつもりは無かった、それなりに覚悟はしていた。
それなのに。
「っ…レイン!!」
呼ばれたのは彼女の自室。
目に飛び込んできたのは真っ白なシーツに散らばる青い髪。
「……ライ、ト?」
一瞬ぴくりと動いた睫毛が、瞼を重たげに持ち上げる。
ぐったりと緩慢な動作で向けたその顔は蒼白だった。
「どうして…こんな、まさか…!」
「うん、わたしもファインと一緒」
「そんな…どうして言ってくれなかったんだ!?」
少しだけ眉をひそめた彼女に、慌てて口に手を当てる。
近づいてその手を握れば、あまりの冷たさにつと背に汗が流れた。
せめてと熱を分け与えるように握り締めても、きっとファインでなければだめなのだ。
彼女を癒せるのはファインだけ、物理的にも精神的にも。
せめて相談役にでもなれれば、いろんな話をして、悩みを聞いて、ファインとは違う意見を言ってやりたかった、聞かせてほしかった。
自分じゃ頼りなかったかもしれないけれど、それでも、聞くことだけならいくらでもしてあげられた。
それなのにレインは一人で悩んで一人で考えて、全部一人で決めてしまって。
それが悲しかった。
「どうして…」
「だって」
ファインと一緒になれるんだもの。
そう微笑んだ顔は、悲しいほど果敢無げで、けれど今にも泣き出しそうだった。
そんな彼女に、何も言えなくなってしまう。
けれど言い訳するように更にレインは言い募る。
しゃべるのでさえ辛いはずなのに。
「ファインが幸せじゃないとね、私も幸せになれないの」
どこかうっとりと語る。
けれどその言葉が矛盾していると、彼女は気づいているのだろうか。
「わかっててもね…駄目なんだぁ」
天蓋を見つめる少し苦いその笑顔が向けられているのは、きっと自分じゃない。
彼女はどれだけ自分を惹きつけたいんだろう。
こんなにも別の人を思っていることを知らされて、それでも彼女を憎めない。
そんな気持ちを見透かすかのようにレインがふとこちらに顔を向ける。
やっと彼女と話ができる、そう思ったのに。
「レインっ!!」
「…ファイン」
まるで来ることを知っていたかのように。
否、わかっていたのだ。
その断ち切ることのできないつながりで。
「レインの馬鹿ぁ…っ!!」
飛びつく身体、抱きつく腕、とまることのない叱責。
それでも彼女は笑った。
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