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あの日から、少しづつ体を蝕まれていったのだとトゥルースは言った。
不完全な形で発動されたファイナルプロミネンスは、ファイン・レインの身体から足りない分のエネルギーを奪った。
そこにプーモが飛び込み、更にはプリンセスグレイスの助けによって彼女ら自身の消失は免れた。
だがしかし、それも長くはもたなかったという。
「少しづつ生気のなくなっていくファインを見るのは辛かったよ」
あの元気の塊のようなファインが、原因もわからないままに弱っていく。
医師の治療も虚しく蝕まれる体。
日に日にベッドの住人と化していくファイン。
指をくわえて見ていることしか出来なかったと悔しげに語る。
そして訪れたその日。
ついに、ファインの命がついえた。
なぜファインだけで、レインにはなんの影響もないのかはわからない。
さらにはそこにいたプーモにさえなんの兆候も見られずいたって正常。
それが救いなのかどうかはわからない。
けれど。
レインが生き残ったのは、事実。
「納得できるか」
かつかつとブーツの踵を鳴らしながらシェイドは吐き捨てた。
トゥルースによる説明に疑問を挟む余地はない。
そもそもプロミネンスという不思議な力に理論でもって説明しようということのほうが無謀だ。
だから治療の仕様もなかったのだろう。
「ついこの間まで、隣で笑ってたんだ…っ!」
ふつふつと湧き上がってくる憤りと悲しみと絶望と、それから微かな希望。
俯き加減でシェイドはブライトの後を追った。
黒で統一された彼と自身の礼服に眉を寄せるが、今はそんなことにかまっている場合ではない。
レインに会わなければ。
そう思うものの自分のことに精一杯だったシェイドは彼女がどこにいるのか見当が付かない。
ただ言われるままブライトについてきた。
考えなしの自分に呆れて一度深呼吸すればいくらか頭が冷静になる。
「…どこに行くんだ?」
何度か来たことのあるこの城でも詳しい内部構造まではわからない。
それを迷うことなく歩くブライトに疑問を覚えた。
「一度、あの二人の自室に案内されたことがある」
よこされた視線には微かに意地の悪い笑みが混ざっていて、あぁと納得した。
たぶんあの時だ。
ファインを連れ出したあの日。
「中庭を抜けよう」
角を曲がるとその先に見える光。
薄暗い廊下の奥にあるそれはさながら希望の光のように思えて、シェイドの足にも力が篭る。
その中に入ろうとしたそのときだった。
中庭を横切る人影が見える。
青い髪をなびかせた、まさに探していた彼女。
「レイン!」
シェイドやブライト同様黒の礼服に身を包んだレインがぴたりと立ち止まった。
アップにまとめられた髪がふわりと揺れる。
吹き抜けになっている中庭の空から燦々と太陽の光が注ぎ、なびいた髪に反射した。
「…なに?」
顔だけをこちらに向けたレイン。
その表情はブライトの言った通り無表情を張り付かせていて。
放たれた声は聞いたことのないほど無機質だった。
光に照らされたその顔は白さが際立ち、色のない顔が現実味を遠のかせる。
そんな彼女は、見たことがない。
「用がないなら行くわ」
驚きにしばし呆然として口を開くことが出来なかった。
そんなシェイドに表情を変えることなくレインは去ろうと向き直る。
今度はそれをブライトが止めた。
「ファインは、本当に死んだのか?」
「さっき見たでしょう」
今更な問いかけに、にべもなくレインが返す。
確かに、先ほどブライトもシェイドも、ファインのその姿を確認した。
信じたくないが、あれは確かにファインだった。
やっぱり…とシェイドは俯く。
だが逆に、ブライトの視線はレインに向かったまま。
射抜くように強い目がレインを貫こうとする。
「質問を変えよう…プロミネンスによる君への影響は?」
「お父様から聞いたでしょ?」
トゥルースの言葉を信じるならば、彼女にはなんら問題はないはずだ。
「君の口から聞きたい」
ファインには死に至るほどの後遺症とでもいうような影響が残った。
それなのにレインの身体にはまったくない。
そのことの方がおかしいとブライトは感じていた。
同じ状況にあったのに何故、と。
「…あったら今ここにいないわ」
あくまで無表情を保ったままレインが言う。
いつもファインの隣で穏やかに微笑んでいた彼女。
なのにそのファインの死に涙ひとつ見せず無表情を貫く彼女に、シェイドの怒りが沸点に達した。
拳を握り締めて、今まで呆然と黙っていたシェイドが叫ぶ。
「ファインが…いなくなってもお前は平気なのか!?」
自分は正気でいられない。
今だって、気を抜けば溢れてきそうな涙を必死に堪えている。
心を占めるのはファインの笑顔ばかりで。
くるくると変わるその表情、元気に飛び跳ねるその姿、楽しげに笑う声。
全てがもう、思い出の中だけのものになってしまった。
もう二度と、あの笑顔に会えない。
そう思うだけで、こんなに胸が張り裂けそうなのに。
「もう…あの声が聞けない、会えない!」
シェイドの声が空に舞う。
聞こえているはずなのに、レインのその表情はぴくりとも動かない。
それがシェイドの苛立ちを更に煽る。
ファインの死に、なにも感じるものはないのだろうか。
「それなのに…っ」
吐き捨てられた言葉に混じるのは悲愴。
レインを睨みつける瞳は憤り。
握り締めた拳は気づけなかった、何も出来なかった自分への後悔。
こんなに強い感情を持つこと自体初めてで。
それだけファインはシェイドの中で大きな存在だったのだ。
一方のレインはそれを何事もなかったかのように振舞う。
ファインがあんなに大切に想っていたその当人であるレインが。
それが、許せない。
「シェイド、少し落ちつけ…」
「うるさいっ」
宥めようとするブライトを遮って、更にレインを睨みつける。
ふいに、レインが微かなため息をついた。
シェイドの視線を流すでもなく受け止めて見据えるその瞳にはなんの感情も見えない。
「それでも、時間は止まらないのよ」
呆然とするシェイドを残して、今度こそレインは立ち去った。
『おいしいですか?』
陽のあたるバルコニーに設えられたテーブルセット。
白いカップに注がれた琥珀色に口をつけると、少し緊張した面持ちでレインがお伺いを立ててくる。
『うん、美味しい』
ブライトが笑顔で答えると、やっと肩の力を抜いて彼女も自分のカップに口をつけた。
彼女ほど詳しくはないから茶葉の種類やなんかはわからないけれど、とにかく彼女の淹れてくれたこの紅茶が美味しいことだけはわかる。
少し口に含んだだけで広がる豊かな香りとまったく渋みのないさわやかな口当たり。
もちろん茶葉が良いだろうことは想像するに容易いが、淹れ方だってきっと大切だ。
そうでなければこんなに美味しいと思わない。
レインが淹れてくれたこの紅茶でなければ。
『それにしても…すごいね』
見るのは目の前に並べられたアフタヌーンティーセット。
ポットやミルクの入った小瓶にシュガーポットはもとより、3段のケーキスタンドに盛られたディセールはなかなか圧巻だ。
上の段はカラフルに盛られた小振りのフルーツタルトと生クリームの添えられたガトーショコラ。
真ん中の段に置かれているのは上が甘いもののせいだろうかプレーンのスコーン、しかしクロテッドクリームとラズベリー、ママレード、りんごの3種のジャムと多くの種類が添えられていて目にも楽しい。
更にその下にはふんだんに具を挟んだパニーニに、ポテトサラダが添えられている。
その段は軽いサンドイッチが置かれるのが一般的で、なぜだろうと首を傾げた。
もっと言えば、ここまでたくさんの菓子や食事を盛り付けたアフタヌーンティーセットは見たことがなくて。
ゆっくりと紅茶を楽しむためのアフタヌーンティーにこれほどの食事は必要ない。
彼女の腕前を知っているからきっとどれも美味しいのだろうけれど、ゆっくりとお茶を楽しむのを良しとするのも知っているから余計に疑問に思った。
視線だけで窺えば。
『ちょっと張り切りすぎちゃったのもあるんだけど…』
くすくすと笑うその表情はどこか苦笑に近いのに、とても優しく楽しそうで。
ブライトも笑ってその先を促した。
『全部ファインのリクエストなんです』
さっき自分が来るのと入れ替わるように出て行ったファインとシェイド。
その手には大きなバスケットが握られていたのを思い出す。
ピクニックだと楽しそうに笑うファインの笑顔のわけがひとつわかった。
もうひとつは言うまでもない。
『そうか…じゃあファインに感謝しよう』
彼女のおかげでこんなに美味しそうなアフタヌーンティーにありつけた。
口にしたそれらはやはりどれも美味しくて、久しぶりのレインとのゆったりと過ごす時間をさらに充実させてくれる。
『メニューはファインに合わせたけど』
両手でティーカップを抱えて上目遣いで窺ってくるレイン。
数瞬だけ躊躇って伝えられた言葉は。
『作ったのは、ブライトのためだよ?』
嬉しい驚きに思わず顔が綻ぶ。
妬けるほどに仲の良いレインとファインだから、彼女の中にどれだけ自分がいるのだろうと不安になったりもした。
考えたところで変わるわけではないのだからと頭から追いやっていたのだけれど、思わぬところで答えを聞くことが出来て。
たったそれだけで、こんなに穏やかな気持ちになれる。
『…ありがとう』
優しい、幸せな日々は今ここにある。
愛しい彼女と穏やかに過ごす時間。
生み出すことがどれだけ大変で、守っていくことがどれだけ難しいか。
それを痛感したのが、あの出来事。
結局今はこうやって何事もなかったようにしていられるけれど、それは偏に彼女達の働きのおかげだ。
それを奢ることなく自分にもこうして普通に接してくれる彼女がとても、大きくて。
引け目を感じてしまう自分が申し訳なくも嬉しいと思ってしまう。
この気持ちが消えることはたぶん一生ないだろう、否忘れてはいけない。
それが自分への戒めでもあり彼女への感謝でもある、この星と自分を救ってくれた彼女への。
『このまま時間が止まれば良いのに』
嬉しそうに微笑む顔が言う。
こんな幸せのまま止まれば。
そう言う彼女が少し切ない。
『これからもっと幸せになるかもしれないよ?』
自分がしてみせる、とは流石にまだ言えないけれど。
少しだけ真剣な目を作って言えば、一瞬きょとんとした顔をした後すぐに笑顔を見せてくれる。
あのときの笑顔が君の本当の表情だったって知ってる。
今は君の気持ちがわからないよ―――……。
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