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憎たらしい、想い人の想い人。






話には聞いていたけれどまさか。

「嘘だろ…」

思わず呟いて立ちすくんだのは、普段は使わないとある駅のとあるビルの前。
正確にはそのビルの看板の前、だ。
いつだったか年間契約でとあるブランドが借りて、だから1年間ずっとそこにレインがいるんだ、と嬉しそうに笑っていた顔を思い出す。
そしてその笑顔の持ち主が、そこでレインと一緒に笑っている。
後姿でほとんど半身が写ってはいないうえに後姿に近いのに、自分にはすごくすごく嬉しそうに笑っているのが目に見えるようだ。

六月一日。
新緑眩しいその日に張り出されたそのポスターに写る二人の女性。
一人は現在売り出し中の人気モデル「レイン」。
真っ青な髪を高く束ねて、リゾートちっくなけれど爽やかな服を纏う姿はななめ後ろからのショットで、いつもは見えないはずの項が強調されているのに全然いやらしさが無い。
その向こうには彼女と手を繋いだ淡いピンクのワンピースを着た女性がいるのだが…何度も見直して、それでも自分の目を疑う。
下ろしていてふわりと風に舞う赤い髪だとか、足に絡みつくスカートの裾だとか、健康的にそろえられた爪の桜色だとか。
その全てが自分の知る彼女とは対照的なのに。
だっていつも髪は束ねられているし、スカートなんてめったにはかないし、爪だっていつも切るのを忘れてのばしすぎて割れることだって間々あるし。
それなのにわかってしまう。

あれは、まぎれもなく、ファインだ。

「あれ、君も彼女のファン?」

突然かけられた声に驚いて振り返れば、白いタンクトップに浅い色のジーンズをはいた男が一人。
なんだこいつはと思う前にまくし立てられる。

「あの看板いいでショー?評判いいんだよね、どこ行ってもさ。一緒に使ったのが素人なんだけど、彼女やたら気に入っちゃったらしくてさぁ、あんな顔めったに見れないんだから」
「はぁ…」

口を挟んで逃げる隙もない。
コイツ、ちょっと苦手だ。
とにかく無視して先を急ごうと歩きかけると、今度は腕を掴まれた。

「なんですか」
「や、君けっこうカッコイイね…ちょっと時間ある?」
「は?」
「こっちきてよ」

返事をする前にずるずると引き摺られ、なんとか逃げようとするのだが見かけによらず案外強い力で引っ張られていく。
ほんとになんなんだコイツは。

「離してください!」
「や、もうちょっと…」

意味不明なことを呟きながら、見えてきたのは黒いバンで。
白昼堂々、しかも男を誘拐なんかしないだろうが、それでも気味が悪い。
いざとなったら大声出してでも逃げよう、うん。

「え…?」

と思っていたのだが、当のバンから顔を出したのは。

「レイン…?」



それからのことはあまり思い出したくない。
移動先でやたらごてごてした服に着替えさせられ、いきなりスタジオに連れて行かれ、レインと一緒に写真を撮られた。

「もうちょっと寄って…そう、そんなカンジ」

しかもさっきの男がカメラマンと言うのも胡散臭すぎる。
彼を見て一瞬眉をしかめたのがばれたのだろうか、レインが苦笑気味に腕は確かだからと笑った。

「うーん…なんか違うんだよねー」
「どうかしました?」
「こう…恋人みたいなコンセプトで撮ろうと思ってたんだけど」

あぁ、なるほど。
だからもっと寄れとか指示が出てたのか。
そしてそれは…とてつもなくいやだ。
ファインならともかくなんでレインなんかと、と声を大にしていいたいが、この中で一番立場の低いであろう自分が言っても聞いてもらえる可能性は果てしなく低い。

「そうだなぁ…じゃあこんなのはどうかな…」

一人でぶつぶついいながらまたもや勝手に指示を出してくる。
だが、それからの指示に迷いはなかった。
  レインはその指示に的確に動くし、不慣れな自分をリードしてくれるから、多少プライドに触ったりしなくもないが彼女がこの道のプロなのだし。
今まではファインとの中を邪魔するいやなやつくらいにしか思ってなかったのだが、ちょっと…それなりに尊敬してしまった。

「うん、いいかも。 おつかれさまでしたー」

満足したらしいカメラマンの一言でやっと緊張から解放される。
その笑顔に本当に満足したのだとうかがえるのだが、自分はといえばなんとなく腑に落ちなかった。
最初は恋人らしく、と指示されていたのがあれからはなんとなくそれに反するようなことばかり要求されていた気がする。
レインの目もやたら挑発的だったし。
あの目は知っている、ファインとの中を邪魔するときの目だ。
あれに何度泣かされたことか、思い出すのは精神衛生上よろしくないので記憶の彼方に封印する。
今日はこの後の予定を変更してファインに会いに行こう。
レインはこの後も仕事のようなので邪魔される心配はない。
なにより、ただただ会いたかった。




「ねぇレイン、今度はシェイドとお仕事したんだって?」
「知ってたの?」
「うん、この前聞いたの」

そういうファインの表情はなんとも微妙で。
嬉しいと悔しいと楽しいと怒りが絶妙にブレンドされていて、レインは思わず噴出しそうになるのを必死でこらえた。

「そっか、ばれてたのか。 あぁ…でもちょうど良かった」

ここはレインの一人暮らしのための部屋で、ファインは母からおかずのおすそ分けを差し入れに来ていて、久しぶりに二人で食卓を囲んでいたところなのだが。
なにがちょうどよかったのだろうか。
 ごそごそなにかを探し始めたレインがちょうどこちらに背を向けたので、レインのお皿に乗っていたロールキャベツを1個口に放り込む。
自慢のレインと大好きなシェイドが一緒にお仕事をしたのは嬉しいけどちょっと寂しくて悔しい。
私だってシェイドと一緒に撮ってほしかった、できるわけないけど。
乙女心ってフクザツ。
ロールキャベツは絶品。

「あった! これこれ」
「なぁにー?」
「今回も、貰ってきちゃいましたー」

レインはまだロールキャベツに気づいていない。
そして手の中のものをこちらに向けてきた。
丸められた結構大きな紙で、ちらりと見える中身もまだ全体像がわからない。
新作のポスターかなと思いながらロールキャベツを租借する。
そしてレインの手がするするとそれを解き、少しずつ全体像が明らかになってきた。
そのすべてが開かれるころには驚きに目が勝手に見開き、じゃーんというレインの声も届かない。
うっかり口の端からスープがこぼれそうになってレインに汚いとたしなめられた。

「ごめん、って、それ…」
「え、いらなかった?」
「いるに決まってるよ!!」

A3サイズのそこにいるのは想像していたレインじゃなくて。
深い藍色の髪。
それと同じくらい深くて、でもきれいな瞳がまっすぐこっちを見てる。
白を基調としたカットソーと黒のクラッシュジーンズにシルバーのごついバックル、でもそれがぜんぜん嫌味じゃない。
ていうかむしろすごく、格好いい。

「あ、え、なんで!? すごーい!」

まぎれもなくシェイドだ。
いつも同じ表情しかできないからといってあまり写真が好きじゃない彼の、挑むようなその目線が新鮮だ。
そのシェイドの横で、いたずらが成功した子供みたいに笑うレインが大好きだ。
だからポスターがしわにならないように気をつけて抱きついた、我ながらなんて器用さ。

「ありがとー!!」
「どういたしまして…って、あたしのロールキャベツは!?」
「…えへ☆」

次に持ってくるおかずはレインのお皿に1個多く入れてあげよう。



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