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やっぱり来なければよかった。
そう思い始めたのはPM6:15を過ぎたあたりで、今はPM6:32だ。
5時半開場のクリスマスプロムは、生徒会主催だけれど学校からの援助もあって、
ホテルだけでなくリムジンまで借りた豪勢なものだった。
だからテーブルに並べられた料理はどれも美味しそうで、心惹かれるのだが。
「一人で食べてもつまんないよ…」
うつむき加減の視界に入るのは、ふわりと裾の広がった淡いピンクのカクテルドレスと、
同じくピンクのリボンがついた靴のつま先。
珍しく履いてみた靴のヒールは5cmで、これでも精一杯頑張った高さだ。
どちらもレインが見立ててくれた。
「お飲み物はいかがですか?」
はっと上を向けば、そのレインがにっこりと微笑んでいた。
「ありがと。オレンジジュースちょうだい」
「かしこまりました」
茶目っ気たっぷりの笑顔でグラスを渡してくれたレインは、ボーイの格好をしている。
一緒にクリスマスプロムの実行委員募集の張り紙を見たときには、
そんなのあるんだねーとふたりで世間話をしていたのに、いつの間にかレインも
参加しているのを知ったのは3ヶ月ほど前の話だ。
「大変そうだね?」
「そう? 結構楽しいよ」
そんな会話をしているうちにも、別の係りの人に呼ばれてレインは行ってしまった。
ほかの友人を探そうにも、すでに別のグループで談笑していたり、
パートナーと踊っていたりして声をかけられない。
やっぱり来るんじゃなかった、何度目かのため息をついた。
「Shall we dance?」
突然振ってきた声にまたもやはっと顔を上げると、そこには見知った顔があって。
しかもその顔は、なぜだか憮然とした表情で、聞き間違い出なければ
ダンスを誘われたように思ったのだが、とてもそんな表情には見えなかった。
「え、っと…シェイド?」
「ほら」
と言って差し出してくれる手はやはり誘われているようだが、目はそっぽを向いているし
表情も投げやりだし、とても誘っているようには見えない。
しかもその後ろにはちらちらとこっちを伺う女子の視線が。
明らかに、面倒になって逃げてきたというのがわかる。
なぜかそんな彼の状況に腹が立って、返した声は自分でもびっくりするくらいに
つっけんどんになってしまった。
「あっちの誰かと踊ればいいじゃない」
「?」
「…なんでもない」
なんだか腹が立つやら恥ずかしいやらよくわからない自分からも逃げるように背を向けようとしたら、
左手をつかまれて阻まれて、さっきの態度は悪かったと謝られる。
仕方なく向き直ると、今度は改めて誘うように手をとられた。
「お前と踊れるのは、俺しかいない」
実行委員として過ごしたこの3ヶ月間は、確かに充実した日々だった。
やることはいくらでもあったし、でも時間は刻一刻と迫ってきて、
仕方なく諦めた事柄もいくつかあった。
そして迎えた今日は、ことさら手を抜くわけには行かない。
会場係として全体を見て、各所に指示を出したり報告をしたりしなければいけないのだ。
だから時折視界に入る誰ともわからないブロンドの後姿に気をとられている時間は、ない。
「レイン、休憩入っていいよ」
「ありがと」
同じ実行委員のクラスメートに声をかけられて、一瞬だけ息をついたが、
まだホールにいるのだ、気を抜いてはいけないと気持ちを引き締めなおす。
軽く目配せしてもう一度だけ背筋を伸ばして会場を後にした。
談笑やBGMの喧騒を後にホールからのびた廊下を曲がってからやっとほっと一息ついた。
気を抜いた途端に頭をよぎるのは、ホールから出るときに見えたブロンドの髪の毛だった。
誰かもわからないのに、ついついその色を見つけると目で追ってしまいそうになる。
それが嫌で、実行委員として立候補したのに。
数時間も忙しく駆け回っていたから、さすがにのどが渇いてきた。
ぶんぶんと頭から追い払うように首を振って、休憩室としてあてがわれている一室に足を向けた。
壁際のいすに座って冷たいお茶の感触を楽しんでいると、お疲れ様と声をかけてきたのは先輩のトーマだった。
副会長で実行委員長でもある彼こそ多忙の身のはずだが、どうやら奇跡的に休憩時間が重なったらしい。
「もったいないな」
「え?」
「君を誘う男がいないなんて」
世間話の合間に挟まれた言葉に、お世辞だとわかっていてもちょっとドキッとしてしまう。
その後、本当に誰にも誘ってもらえなかったことを思い出して、今度は一人で落ち込んだ。
「ダンスは苦手で…」
「そんなの、リードさえよければどうにでもなるよ」
きっと相手が下手だったんだよ、と笑ってフォローしてくれるが、そんなわけあるはずない。
もともと運動神経がよくない上に、極度の緊張で足は絡むし何度も躓きそうになって、
はては彼に引きずられるように退場したという苦い記憶がある。
あんなことになるんだったら、もっとダンスの勉強をしておくんだったと散々後悔したがもう遅い。
彼と踊れるなんて、もう二度とない機会だったかもしれないのに。
暗い考えが顔に出ていたのか、来年は僕が立候補するよとの優しい言葉に、
来年はもう卒業していないじゃないですかと軽口で返したら微妙な顔をされた。
なにか間違ったことを言っただろうか。
「…それじゃ、僕はもう行くよ」
「あ、わたしもそろそろ…」
休憩室を出たところでトーマとは別れ、ぺしんと軽く頬をたたいて気合を入れなおす。
ラストまでもうひと踏ん張りだ。
「ぅわわっ」
「…静かに」
廊下を曲がってさぁ行くぞと背筋を伸ばしたところを、突然空き部屋に引きずり込まれた。
間近で覗き込まれた瞳はきれいな紅で、金色に縁取った睫毛がその色をいっそう引き立てているように見える。
後ろでぱたんと扉が閉まる音がしたが、それより何より、愁いを帯びた目の前のルビーに引き込まれてしまう。
「まったく、実行委員になったと聞いたときには驚いたよ」
とにかくびっくりして、なにがどういうわけか、よくわからない。
苦笑して覗き込んでくる瞳だけが、なぜかはっきり見えるのだが。
てか、近いような。
彼の、ブライトの腕が腰にあって、そもそもこんな吐息がかかってしまいそうなほど
近くにいたことなんかほぼない。
あのダンスのとき以来、かも。
あわあわと一人でパニックになっていたら、聞いてる?と聞かれてしまい、あわてて
コクコクとうなずくが、全然理解が出来ていない。
「今年はちゃんとリードするつもりだったのに」
リード?何のことだろうと疑問符を浮かべたのがわかったようで、ふわりと微笑まれた。
それにまたパニックも忘れて見とれてしまう。
だから気づかなかった、右手をとられたことに。
「来年のココは僕が予約しておくから」
手の甲に触れた彼の唇がちゅ、と音を立てる。
「ちゃんと空けておくように」