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手際よく、とまではいかないが危なげもなくポットにお湯を入れる。
ゆっくりと焦らず蒸らしてから、既に白湯を注いで温めておいたカップに赤みの強い紅茶を注ぐ。
今日の葉は以前レインが美味しいといっていたキャラメルティーだ。
甘い香りと、どことなくとろりとした舌触りはファインも大好きで、でも選んだ理由はそれだけじゃない。

「今日は来るかな…」

時計の針は3時を少し回ったところ。
いつもなら城で仕事をしているほとんど全ての人が休憩をとる時間。
食堂で支給されるお茶やささやかなお菓子を口にして、また午後は頑張ろうと一息入れるのが決まりのようになっている。
ファインもこの部屋に戻ってくるであろうレインのためにその用意をしていた。
ここ一ヶ月でお茶を入れる手際は格段に良く早くなったし、最近ではレインも美味しいといってくれている。
きょうのお茶請けは城のパティシエ特製のアップルパイで、作ったパティシエ自身がすごく笑顔だったからファインもとても期待している。
けれど、どうしても口をついて出てしまうため息は止めようがなくて。
レインが来ないかもしれない。
そう思うだけでちょっと憂鬱だ。

最近のレインは、自分で言うのもおかしいのだが…ファインが死んでから、すごく忙しい。
いい加減後処理やらは終わったのだが、今まで二人でこなしてきたものを一気に一人が背負うことになったのだから仕方のないことかもしれない。
だったらせめて表立つことは出来なくてもなにか手伝いが出来ればと思っていた。
事務処理だったり連絡役だったり、何か出来ることがあるとそう思っていたのに。
現実には今自分は、現在は使われることのなくなった後宮の一室に軟禁されているといっても過言ではない。
以前シェイドに連れ出されたこともあってお父様やお母様が過剰に心配するから、部屋を移ることになった。
レインとは廊下に出なくても行き来できるような扉をはさんだ部屋を与えられたが結局は別々の部屋だ。
控えるように言われているけれど、夜はたいていレインの部屋に忍び込んで一緒に寝ている。
そうでもしないとレインと一緒に居られない。
みんなが休憩している今この時間だって、レインだけは休まずに動き回っていて。
自分がいないから、それを埋めようと必死になっているのを知ってる。
今までは二人で抱えていた全てのものがいきなりレイン一人だけの肩に乗ることになった。
自分は手伝うことはおろか、傍にいてあげることすら出来なくて。
それが、辛い。
だから本当は「死ぬ」なんていやだったのだ。
そりゃいい気のするものじゃないし、急いでいたからシェイドやみんなにもしばらくは会えなくなるだろう事はわかってた。
療養中にすればいいじゃんとかすごく反対したのだけれど、何を言ってもなんだかんだと理由をつけられて突っぱねられた。
そして何より、レインがすごく賛成していた。
理由は良くわからなかったけど、とにかくレインが必死になって説得してくるから頷いたのだけれど、今になって反対しておけば良かったと心底思う。

「どうしたのファイン?」
「…え」

振り返ればまさに今思っていたレインがそこにいて。
不思議そうにこっちを見つめていた。

「な、なんでもない! それより今日は来てくれたんだね!!」

思わず緩んだ口元を隠すこともなく手をのばせば、ふんわりと抱きしめられる。
少し驚いたものの最近では珍しいことじゃなくて、すぐにきゅっとレインの背中に腕を伸ばした。
すると耳元で微かに疲れたようなため息と、苦く笑う声が聞こえてくる。

「キャメロットにね、怒られちゃった」
「…どうして?」
「ファインが寂しそうにしてるって」

おどろいてちょっと離れて見たレインの顔はなんだか疲れているのに笑っていて、無理してるのがありありとわかった。
ごめんねと言っていつものようにおでこをくっつけてくるレイン。
最近はこれが習慣のようになっていて、二人っきりのときはこれが挨拶みたいなものだ。
離れていた隙間を埋めるかのように、少しでもぬくもりが伝わるように。
いつもはこれで安心できるのに今日はとてもそんなどころじゃなくて。
自分が寂しい思いをするよりも、レインが辛いほうがよっぽど辛い。

「謝らないでよ!」
「え?」

至近距離で大きな声を出したから当然レインは驚いて身を引いたけど、そんなことには構ってられなかった。

「そんなに無理しないで、もっと頼ってよ…」
「ファイン?」
「何にも出来ないけど…でも一緒に居させてよ!」

なんだか最後のほうはちょっと愚痴みたいで泣き声になっちゃったのが自分でもわかる。
ずっと二人だったのに急に独りにされて寂しかった。
手伝うことすら出来なくて歯痒かった。
それでもみんなが自分のためを思ってくれてるのがわかったから我慢してきたけど、そのせいでレインが辛いのはもっとヤダ。
何が出来るかわからないけれど、考えてもやっぱりなにも出来ないかもしれないけれど、レインの傍にいることだけは出来るから。
なのに肝心のレインが忙しそうにしてるからなにも言えなかったのを爆発させてしまった。
呆れてるんじゃないかってちょっとドキドキしながらレインを窺えば。

「うん」

すごく嬉しそうに笑ってた。

「…あのねぇ、あたし、怒ってるんだけど」
「うん」

やっぱりにこにこ笑ってるだけのレイン。
本当にわかってるのか問いただそうとも思うのだけれど、さっき見えた疲れた様子は消えていてなんだかすっきりした顔をしているから何となくそれもはばかられる。
それでも何か言ってやろうと口を開きかけたら、レインに先をこされた。

「本当にごめんね」

これからはちゃんと3時に一緒にお茶しに来る。
それから夕ご飯までには戻って一緒に取る。
寝る前には今日あったことを報告しあうし、朝先にベッドを抜け出したりしない。
だから許して? 大好きな笑顔でそんなこと言われたら許さないわけにはいかない。
それに言われたことは全部そうなったらいいと思ってたことで、レインも気にしてくれていたんだと思ったらそれだけでもう全部がどうでも良くなった。
自分に手伝えることがあるかすらまだわからないけれど、とりあえずは久しぶりにレインと一緒に楽しくお茶をしよう。
疲れたレインを甘いもので癒してあげよう。
優しい笑顔には、とびきりの笑顔で返して送り出してあげよう。
それが今の自分に出来る精一杯だから。

「お茶、冷めちゃうよ?」








その日の夜。
レインは約束通りいつもより早く帰ってきて、一緒にご飯を食べて、ベッドの中でたくさん話をした。
いろんな話を聞いて自分もたくさん話して。
それでもやっぱり疲れているらしくて自分よりも先に眠ってしまった。
月明かりの中にうっすらと見える寝顔は穏やかで、昨日までと違うと思うのはきっと気のせいなんかじゃない。
やっぱり疲れてたんだ、そう思うと昼にレインの前で愚痴るように晴らした鬱憤も悪いものじゃなかったなんて思えてくる。
みんながたくさん考えてくれて今の状態があるのだけれど、その反動が全部レインにかかってるのが改めてわかった。
自分の事は大切で、だけどそれ以上にレインのことも大事で。
たぶんレインも同じだから、だから頑張ってるんだと思う。
それでも自分のことを思ってくれるなら、もっと、せめてもうちょっと休んでほしい。
でもそれは今日約束させたからまぁいいかと納得することにして。

「きれい…」

朝起きたときに絡むからと髪と同じ色のリボンで緩く束ねられた髪がシーツに流れて、蒼い光を跳ね返している。
そこからこぼれた髪をそっと梳くのがファインの日課のようになっていた。
眠ったレインを起こさないように、そっと。
母に似て少しだけクセのある自分の髪とは違い、レインのそれは父に似てさらさらの青い髪で少し羨ましい。
それでもレインは大好きだと言ってくれるのだけれど。

「髪も、目も…顔も、大好きだよ」

だからずっと傍にいて。
レインがいなきゃ楽しくない。
嬉しくない、つまんない、笑えない。
最近では一緒に居る時間が極端に減ったから、いつもいつも感じる違和感があった。
隣を見ても後ろを振り返ってもレインはいなくて、無意識のうちに探してる。
ちゃんとどこにいるのか知っていて帰ってくるのもわかっているのにそんな状態だから、もしもいなくなったらどうなるかわからない。
不安で寂しくて今度こそ本当に死んじゃうんじゃないかって思う。
いつもキャメロットやルルやプーモや、誰かが傍にいてくれるのだけれど、そんな誰かじゃ埋め合わせられないくらいに自分の中のレインは大きい。
でも逆に、レインがいればなんにも怖くない。
一緒にいて、手を繋いで、見つめあって、おでこを合わせて。
それだけで途端に安心する自分を知っている。

あのときも。
二人でブラッククリスタルに立ち向かったあの時。
足りないグレイスストーンの力を奪い取られて消えそうになったあのときも。
レインがいたから怖くなかった。
そりゃ死ぬのは嫌だし。
お父様やお母様や、アルテッサやミルキーやリオーネや他にもたくさんできた友達とか、それからシェイドに会えなくなるのは嫌だったけれど。
それでもそんな大好きなみんなが笑ってくれる星に戻せるんだと思って隣のレインを見たら、同じ顔で笑ってたから。
だから、怖くなかった。
だけどそのレインが、もしレインがいなくなって。
一緒に居られないくなるかもしれないと思ったら。
それが一番怖かった。
星を助けてほしい、その思いに嘘偽りなんてなかったけれど。
もう一つだけ同じくらい強く思ったこと。


レインと離ればなれにしないでください。


祈りにも似た気持ちだった。
どんな形でもいい、たとえ消えたっていい。
それでも、レインとだけは離れたくない。
矛盾してるけれど、それが本心だった。
だから今、レインから離れられない自分の状態が実はほんのちょっとだけ嬉しかったりする。
だってこれでもうレインとずっと一緒にいられる。
一生離れられない、離れてなんかやらない。
ずっとレインを独り占めできる。
かなり我侭なのはわかってるが、嬉しいことに変わりはなくて。
こんなことになったプロミネンスの力に感謝したいくらいだ。
そう、プロミネンスの力に。

「……」

そこではたと気付いた。
もしも、例えばの話しだけれど。
いまのこの状態がプロミネンスの力のせいだとしたら。
離れたくないと願った自分の思いに反応したせいだったとしたら。
レインにたくさんの重荷を背負わせて、自分はなにも出来ずにただレインの存在に喜んで。
そんな全てが自分のせいだとしたら。

「…そんなわけないよ、ね?」

あくまで憶測の域を出ない考えで。
否定の言葉を聴きたくても目の前のレインは健やかな寝息を立てているし、かといって確かめるすべもない。
だけど正解に限りなく近い気がした。

「そんなわけ、ないよ……」







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