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晴れ渡った空。
どこまでも抜けるように澄んだ青はいっそ清々しい。
その空から降り注ぐ明るく暖かい陽の光が街の人々を照らすのに、しかし彼らの顔は一様に浮かなかった。
ここはおひさまの国、その城下町。
優しい光の降り注ぐ、太陽の恵みを感じることのできる一番の場所。
大通りを走る一台の馬車があった。
華美すぎない装飾の施されたそれは掘り込まれた紋章から月の国のものとわかる。
早すぎず遅すぎずただ静かに走るその馬車の中、シェイドは隠せない苛立ちに拳を握り締めていた。
蹄の音が耳に響く、それさえ自身の苛立ちを煽って仕方ない。
普段ならにぎわう大通りも今はひっそりと静まり返っていて。
それがシェイドに嫌でも実感させる、本当のことだ、と。
「月の国、シェイド王子ご到着!」
高らかに宣言される声に馬車が止まった。
御者によって開かれた扉にひとつ深呼吸して腰を上げる。
ぱさりと乾いた衣擦れの音が馬車に響いた。
身につけているのはいつもの王子の正装ではなく黒基調の礼服。
着慣れないそれに一瞬だけ顔をしかめて、表情を消してからゆっくりと馬車を降りた。
意識して背を伸ばし殊更丁寧に歩き出せば、先に到着していた面々の視線が刺さる。
その顔ぶれは錚錚たるもので、おひさまの国はもとより宝石の国、かざぐるまの国、しずくの国…おそらくこの星にあるすべての国の王や王妃、それに準ずる立場の人々が集まっているのだろう。
本来なら自分の母もここに来るはずだったのだが、未だ万全ではない体調のために代理として自分が赴いた。
知らせを聞いたときにはたとえ母が来れたとしても自分も一緒に赴くつもりだったが。
「遅れましたこと、大変申し訳ない」
大広間の中央、一段高く設えられたその一角はたくさんの白い花で埋め尽くされていた。
傍らに立つこの国の王トゥルースに少し遅れた旨を告げれば沈痛な面持ちのまま返される言葉。
「いや、来てくれただけで十分だ」
ちらりと視線を走らせれば、その横にはハンカチで顔を覆った王妃。
反対側には俯き表情の見えないレインの姿。
声をかけようと思って、やめた。
何を言っても今はきっとこの場にそぐわない。
静かに歩み寄ってきた執事らしい男から一輪の花を受け取るとシェイドは祭壇に進み出た。
渡されたのは、真っ白な大輪のカサブランカ。
匂い立つ芳香に頭がくらくらしてたちの悪い麻薬のようだ。
すべて麻薬の見せた夢現の幻ならいいのに。
「………」
無言で立つそこは静謐。
花も祭壇もすべてが白い。
その中心に眠るのは。
「ファイン…」
無防備に頬を晒して。
胸元で組んだ指は透けるように白く。
伏せられた瞼。
色のない唇。
白に囲まれたその中で、唯一その赤い髪だけが存在を主張しているようだ。
そのどれもが、もう動くことはない。
「…っ、ファイン!」
この星を救ったおひさまの国のプリンセス・ファインが、その命を絶った。
『あったかーい!』
明るい日差しの中でくるくるとまわりながら笑うファイン。
幸せそうに笑って光を浴びる彼女を見て、シェイドの表情も自然と綻んだ。
おひさまの恵みが戻った後、星の英雄として祭り上げられたファインとレインは記念式典やら講演やらその活躍を称え彼女らの恩恵にあずかろうと各国が催す各種イベントでずいぶんと忙しく過ごしていたのは知っている。
公務と称して与えられるそれらに嫌な顔ひとつせずまたもや星中を飛び回っていた彼女らのパワフルさには驚かされ、一種尊敬の念さえ抱いたものだ。
それらもようやく落ち着きやっとゆっくり話をする機会に恵まれて、シェイドはファインを誘い出した。
『いいにおいがするー』
突然草の上に寝転がって地面に顔を擦り付けたと思ったらどうやら草のにおいをかいでいたようだ。
鼻の頭にちょっと土が付いているのが微笑ましい。
おいでと手招きして袖の裾で拭ってやればくすぐったそうにまた笑った。
『本当に楽しそうだな』
『うん!だってこんなに天気が良くておひさまがぴかぴかで気持ちいい!!』
今度はぴょんと飛び跳ねてその気持ちを身体で語る。
じっとしてられないのかという呆れはもう既にどこかに飛んでしまった。
元気に笑っていてくれればそれでいい。
『本当に良かった、だから…ありがとう』
突然振り返って何を言い出すかと思えば。
感謝される心当たりがなくて首をひねる。
それを見てファインが可笑しそうに笑う。
『シェイドがいなかったら、こんな風に笑えなかった』
こんなに気持ちいいおひさまに会えなかった、だから、と照れたように笑ってまたふいっと背を向けてしまう。
心なしかその耳が赤く染まっているように見えて。
『俺は…少し手伝っただけだよ』
静かに忍び寄り、後ろからその身体を抱きしめて耳元で話しかける。
すっぽりと納まってしまうほどのこの小さな体が世界を救ったのだと思うと、自分が不甲斐なくて情けなくてファインを大きく感じて、こみ上げて来るものが目頭を熱くさせる。
『少しじゃないよ!たくさん!!』
微かに唇を尖らせて見上げてくる顔がその偉業とのギャップを感じさせて少々おかしい。
本当に、不思議な子だ。
『いっぱい勇気とか…愛しいとかそーゆー気持ち貰ったから』
どこか舌足らずに一生懸命しゃべる顔の必死さに思わず吹き出せば、今度は真剣なんだからね!と怒られる。
ぽんぽんと頭を撫でてその怒りを散らそうとするのだけれど、拗ねた顔のまま視線をそらされた。
どうしようかと見上げた空はどこまでも青くて。
空とはこんなに青かったのかと微かな感動さえ覚えた。
『こんな空を…こうやって笑える世界を、守っていこうな』
思わず呟いた言葉は自分への誓いと約束。
今までは手伝うことしか出来なかった自分。
次は彼女たちが救ったこの世界を、それからこの腕の中のちいさな彼女を、守っていけるように強くなろう。
そのファインはと見れば驚いたように見上げてきた顔が、次の瞬間大輪の笑顔を咲かせた。
『約束!』
『あぁ、約束だ』
絡めた小指と小指がぬくもりを伝えて。
些細なそれが、やけに神聖な約束に思えた。
あの日も、こんな抜けるような青空だった。
「…シェイド」
振り返らなくてもわかる、ブライトの声。
参列客達はまばらに帰り始めている。
しかし比較的ファインに近かった者達は、その別れを惜しむかのように祭壇に集まっていた。
アルテッサやリオーネ、ティオやソフィーといった面々がその一角に輪を作っている。
自分も、行くべきなのだろうか。
ぼんやりとシェイドは思った。
あの中に入って一緒に泣いて叫んでファインの死を悼めば、救われるだろうか。
「シェイド」
今度はさっきよりも強く、はっきりと聞こえた。
胡乱気に見れば随分と落ち着いたブライトがいて。
あぁファインだからかとどうでもいいようなことを思った。
少しだけ、憎い。
その強い意志を宿した目が。
「僕は納得していない」
その目と同様にはっきりとブライトが告げる。
今更何を言っているんだろう。
これだけ大きな葬儀に参列しておいて、目の前でファインの姿を確認して。
ここに来るまでに何度も嘘であれば良いと思った。
それはもう繰り返し繰り返し。
けれど、当然ながらそれは覆ることなく事実として自分の目の前に横たわっているというのに。
「レインがいないんだ」
言われてシェイドは祭壇に目をやった。
その中には彼の言うとおりレインの姿はない。
だが、だからどうしたというのだ。
視線でそれを伝えれば、声を潜めてブライトが返してきた。
「シェイドは遅れてきたから見てないだろうが…彼女は式典の最中決して泣かなかった」
頭に疑問符を浮かべて続きを促す。
彼が何を言いたいのかわからない。
「ずっと無表情のままだった、あのレインが」
泣きもせずましてや目元に手を当てることすらなかったというブライトに、シェイドにもようやく何が言いたいのか理解した。
平然と無表情を貫いたまま参列したレイン。
最愛の片割れが死んだというのに。
今までのファインとレインを見ていれば、2人がどれだけお互いを大切に想い合っていたかわかる。
この星の危機だって、2人が一緒にいたからこそ救えたのだ。
シェイドがファインのために出来たことなどレインに比べれば極々僅か。
そんな2人の姿を知っていたから、さっきのブライトの言葉が真実味を帯びて自分の中に降り注ぐ。
微かだけれど、希望が見えた。
「行こう」
「あぁ、レインのところだな」
顔つきの変わったシェイドにブライトが微かに笑いかけ、礼服のマントを翻す。
シェイドもそれに倣い、足早にその場を去った。
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