忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

5


 

それなら二人のほうが都合がいいだろうと、空いている会議室を借りることにした。
会議室といっても長テーブルとパイプ椅子があるだけで、数人が入ればいっぱいという程度の場所。
そもそもがレコーディングスタジオに付属の施設で、大人数が入ることがまずないからこんなものだ。
二人で話そうといったものの、その言葉に当のレインは驚きの表情を浮かべ、回りのスタッフ達も一瞬ではあるが凍りついたのがわかった。
…自分の過去の態度はそんなに酷かったのだろうかと少し落ち込む。
しかしそんな空気には気づかなかったふりをして、レインを会議室へと促した。

「で、話っていうのは?」

パイプ椅子のひとつに腰掛けると、机の角をはさんだ椅子にレインが落ち着きなく座った。
俯き加減で前髪が邪魔をして、その表情ははっきりとは伺えない。
ひざの上できゅっと握り締められた手が、彼女の緊張を表しているようでなんともいえなかった。

「あのっ…今回は、が、楽曲提供をしていただいて、ありがとうございました!」
「あ、うん…いや」

意を決したようにばっと顔を上げてまくし立てられた言葉は、かなりろれつが回っていなかったが、その必死さだけはうかがえた。
勢いに押されつつも何とか返事を返すと、彼女も少しほっとしたようでかすかにその顔から緊張が消えたような気がした。

「良かった…どうしても言いたかったので」
「?」
「本当に、嬉しかったんです…!」

それはどうやら心からの笑顔のようで。
今まで緊張した顔ばかり見てきたせいだろうか、どこか新鮮で鮮烈な笑顔だった。

「喜んでもらえたなら、嬉しい、よ」

あまりの眩しさに、返事をするのもやっとだ。
なんとか自然に返せたと思ったのに、彼女の顔はすぐにまた曇ってしまう。
ころころとかわる表情についていけず参ってしまいそうだ。

「嬉しかったんですけど…」
「なに、かな? もしかして気に入ってもらえなかった?」

問えば慌てて首を振った、そんなことありませんと。
なら、どうしたと言うのだろう。
依頼を受けた当初は嫌々ながらに曲を書いたが、その曲自体に手を抜いたつもりはまったくない。
だからそれなりにいい曲を作ったと思っている。
そもそも彼女の口から自分のファンだと言うことを聞いていたのだから、この曲に喜んでいないと言うこともないだろう。
ならば、なぜ。

「自信が、ないんです…」

またも俯きがちにぽつりと語られたその言葉。
まだデビューして間もなく、レッスンだって時間の許す限りしてきたけれどそれでも、足りているのかどうかわからない。
たくさんのファンが大好きだよと言ってくれるものの、それに応えられているのだろうか。

「さっきレコーディングを見てくれてましたよね? なにかアドバイスとかあったら、お願いします…!」

立ち上がって、ぺこりとお辞儀をする彼女に驚いた。
純粋に、尊敬すらした。
足りないところがないか、ちゃんとファンの期待に応えているだろうか、自分に出来ることはないか。
しっかり考え、他人に頭を下げることも知っている。
こんな彼女のことを避けていたなんて、自分はなんて馬鹿だったんだろう。
こんなに、一生懸命なのに。
だったら自分の答えは決まっている。

「君に、言えることはなにもないよ」
「え…?」

彼女の顔がみるみる強張っていった。
突き放されたと受け取ったのだろうか。
それに気づいて、慌てて否定する。

「あ、ごめん、そういう意味じゃなくて…なんて言ったらいいのかな」

自分でもうまく伝えられる自信がなくて、腕を組んで言葉を捜す。
彼女の表情も少しだけ緩んで、じっとこちらを見つめてきた。
真剣な彼女に、自分も同じだけ真剣に答えたい。

「レコーディングも見せてもらったけど、君は君の思うように歌ったらいいと思う」

あくまで曲を書いたのは自分だけれど、それを歌うのはレインだから。
レインが感じたままを、歌いたいように、歌ったらいいと思う。
中には細かく指示をする作曲家やプロデューサーもいるのだろうけれど、自分は特にそういうことはしてこなかった。
J.Moonの曲として、シェイドが歌うときはまた別の話だが。
そもそも彼女へ口出しする立場ではないし、彼女自身のプロデューサーの意見もあるだろう。
それになにより。

「あの曲はもう、君のものだよ」

だから好きに歌って欲しい。
それが素直な気持ちだ。
こんなふうに思えるようになったのは、自分の心境の変化が大きいと思うのだが、それはあえて言う必要のないことだ。
いろんな言葉を考えて、結局その中から選んだ言葉はわずかばかりだったけれど。
うまく、伝えられただろうか。

「ほんとに、いいんですか…?」
「もちろん」
「ぜったい?」
「絶対」

訝しげに交わされた押し問答の末、ようやく彼女も納得してくれたようだった。
その表情にもやわらかいものが戻り始める。
それを見て自分もやっと、ほっと息をついた。
やはり、彼女は笑っているほうがいい。

「本当に、ありがとうございました」
「いや、たいしたことは何も」
「これからのレコーディングも頑張ります!」

やっと、穏やかな雰囲気が流れ始めた。
最初からきっとお互い緊張しっぱなしで、その上で仕事の話しなんてしたものだから、ゆっくりと会話するなんて空気じゃなかった。
ふと目が合って、同時に笑った。

「よかった…」
「え、なに?」
「あ! なんでもないです…それじゃ」

かすかに聞こえた声がうまく聞き取れなくて聞き返すと、しまったというような顔で慌てて背を向けられた。
すぐに去っていってしまいそうな彼女の手を立ち上がって掴んでしまったのは、まだ一緒にいたいという反射的な感情と純粋な疑問。
よかった、ってどういう意味だ?

「本当に、なんでも…」
「なんでもないならこっちを向いてくれ」

やっと彼女の笑顔が見られたと思ったのに、すぐまたこれだ。
自分はまた、何か言ってしまったのだろうか。
先ほどまでの穏やかな空気が嘘だったかのように、部屋がしん…と静まり返る。

「言ってくれないなら、この手は離さない」

しぶしぶと困ったように、こちらをうかがうように見上げてくるその瞳は、またすぐそらされ、俯いた。
まるで、この部屋に入ってきたばかりのようだ。

「あの、私…」
「何を言っても、怒ったり怒鳴ったりしないから」

何度も言いよどむ彼女を見かねてそう言った。
少しかがんで、視線の高さを合わせる。
すると、やはり目は逸らされたまま、彼女がぽつりぽつりと語りだした。

「私、あの…ずっと、ブライト様に嫌われていると思ってたので」
「それは誤解だ! …って、すまない」
「いえ…」

つい声を荒げてしまったのを、即座に謝る。
正確には、誤解ではなかった。
確かに、以前の自分は彼女のことを拒絶しているように見えただろう。
それも自分勝手な理由で。
けれど、今は違う。
彼女の優しさやその真剣さを間近で知り、もっと知りたいと思う。
それなのにこの状況が、スタッフたちの対応や今までの経緯がそれを阻む。
自業自得だ。
どうしたら、信じてもらえるのだろうか。

「本当に誤解なんだ…」

そのとき思いついた。
迷ったのは一瞬。
それしか、ない。

 

「君のことが、好きだ」

 

 

 

 

『はにかみを数えて』






 

PR
AD 忍者ブログ [PR]
New