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4


 

思い返せば、一目惚れだったのだ。
彼女を見た瞬間に反射的に思った、必ず売れる、と。

『ファンなんです…!』

けれど彼女のその一言が、反射的にブライトを身構えさせた。
トラウマと言って良いほどの過去の経験が、必要以上に警戒心を煽る。

『今すぐやめたほうがいい』

今思えば、好きな子を苛める子供の心理に似ていると思う。
なんてガキだったんだ、とも。
それがこのミュージックビデオの撮影を機に考えが一変した。
いやむしろ、変に偏ってしまったセカンドインプレッションを取り去ったと言うべきか。
一見穏やかに見えるけれど、好奇心に満ちてきらきらと光る碧い瞳。
それを縁取るまつげと長く伸びた髪は紺碧の海のようだ。
すらりと伸びた手足に、白い肌はしかし健康そのものの薄紅色を宿している。
容姿だけではない、かもし出すその雰囲気が。
ブライトを捉えて離さなかった。

「隣のスタジオでレコーディングがあるんだが、一緒に…」
「一緒に行ってもいい」

ギターを抱えて譜面をにらみながらもその実、頭の中は青い色でいっぱいだった。
シェイドが言う隣のスタジオでレコーディングをやっているのは、そのレインだということは同じ事務所の先輩であり作曲者である自分は当然知っているわけで。
だからシェイドが誘いの言葉を告げた瞬間、反射的にその誘いに同意する返事を返していたのは、やっぱり頭の中が青で埋め尽くされていたからだろう。
少し気になるのは、最近のシェイドはどうもあの後輩たちを構い過ぎるということ。
まさか彼も…なんて考えないでもなかったが、まぁそんなことはありえないだろう。
やはり彼女たちは売れるという自分の直感と同じものを、彼も感じているのではと一人納得した。
早速二人連れ立って、隣のスタジオへ向かう。
スタッフに席をはずすと声をかけると、その行き先を聞いた別のスタッフがちょうど良かったと箱いっぱいのシュークリームを差し出してきた。
手土産が出来たことに素直に礼を言う。
シェイドがありがたく受け取り、二人連れ立って歩いた。

「珍しいな」

その言葉を聞くのはここ数日で何度目だろうか。
きっとシェイドだけでなく、近しいスタッフたちは自分がレインを嫌っていると思っているのだろう。
歌番組で軽く顔を合わせる程度で、事務所ですれ違うことすらほとんどなかった。
きっとマネージャーたちが打ち合わせて被らないようにしていたのだろう。
しかし結局のところ事務所の都合で彼女たちのために作曲をし、ミュージックビデオに出演まですることになり、スタッフたちはどう思ったのだろうか。
確かに撮影当日も必要最小限の接触だけで、それ以外はまったく話すこともなかった。
あれからも、彼女には会っていない。
それが良かったのか悪かったのか。
今この胸に渦巻く感情に、自分でも戸惑うほどに驚いている。
だからシェイドの問いに、言い訳のように返してしまった。

「僕が書いた曲だ、中途半端に歌ってほしくない」
「…お前らしいよ」

含むように笑ったシェイドの目は、共犯者のそれ。
今までずっと、シェイドを歌わせるためだけに曲を書いてきた。
そして彼は見事に歌い上げてきた。
それが、『J.Moon』だ。
どうやら彼の疑問を解くには十分な発言で。
青でいっぱいの頭から出た言い訳にしては上出来だったようだ。
半分は本当なわけだし。

「おはようございまーす」

扉を開くと同時にまず声を出した。
自分たちを見たまわりのスタッフたちが少し驚いた顔を見せたが、すぐににこやかに挨拶を返してくれる。
同じスタジオ、同じ事務所なだけあって、顔見知りのスタッフも少なくない。
シェイドが持っていたシュークリームを差し出すと、近くにいた女性スタッフが喜色を浮かべて受け取ってくれた。

「ありがとうございます! きっと二人も喜びますよ!!」
「その二人は?」
「レインは今レコーディング中なんですけど…」
「あ、ファインは休憩中ですよ。 呼んできますね」

気を使わなくていいと言う間もなく、別のスタッフが部屋を出て行く。
勧められるままに、近くにあったソファに腰掛けると、すぐにファインがスタッフに伴われてやってきた。

「あ! シュークリーム!!」
「こらファイン!」
「あ、ごめんなさい…先に、お礼だった! どうもありがとうございます」

ぺこりとおじぎをしたファインに、マネージャーが隣で一緒に頭を下げる。
その掛け合いが面白くて、シェイドと一緒につい噴出してしまった。
それを機に、和やかに歓談が進んでいく。
シェイドがファインと話し始めたので、少し手持ち無沙汰になったブライトは、近くのスタッフに話しかけた。

「あの、もし良かったらレコーディングの見学がしたいんだけど」
「レインの、ですか…?」
「えぇ、自分の歌がどんな風に歌われてるのか興味があって」

一瞬固まったスタッフの表情に、努めて明るい表情で返すと、ちょっと聞いてきますと彼が席をはずした。
自分の『レイン嫌い』はよっぽどスタッフたちの間に浸透しているらしい。
立場的には自分が上だから、気を使われるのは仕方がないのだが、さすがにちょっと驚いた。
自分で招いた事ではあるのだが。
奏効しているうちに、さっきのスタッフが扉の前で手招きをしているので、シェイドにちょっと外すと声をかけて立ち上がった。

「今集中してるんで、なるべく気づかれないように入りますよ」

口元に人差し指を立てながら話す彼に、こちらも小声でありがとうと返した。
二重扉をそうっと開くと、ふわりと聞こえてくるやさしい歌声。
マスタールームでは数人のスタッフたちが息を潜めて、真剣な表情でその声を聞いていた。
こちらに気づいたスタッフに目礼だけして、後ろ手に扉を慎重に閉めてからそのまま寄りかかる。
ガラスの向こうには、横顔のレインがいた。
大きなヘッドフォンに両手を当てて、軽く上を向きながら歌っている。
細められた目を縁取る睫毛が時折揺れて、とてもキレイだ。
そして、その歌声。
まともに聞いたのは、初めてかもしれない。
まだあどけない、幼さの残る声。
ボイストレーニングも全然足りていない、まだまだ伸びしろのある歌い方。
なのにこんなにも惹きつけられるのは、自分の贔屓目なのだろうか。
自分が作曲したはずのその歌が、頭の中で想像していたものとまったく違って、けれどとても良かった。
もっと、此処でこの声を聞いていたい。
と思ったのもつかの間、サビのワンコーラスが終わると同時にスタッフからストップがかかった。
顔だけをこちらに向けたレインが、不思議そうに声をかけたスタッフを見つめている。
ヘッドフォンから伝わる言葉に真剣に耳を傾けつつ時折軽くうなずくと、横髪が舞ってさらりと流れた。
そんな些細な仕草にすら、息が詰まる。
最後の確認とばかりにスタッフと目を合わせて、顔を戻そうとする瞬間。
彼女の視線がこちらに流れた。
目と目が、合う。
きょとんとした顔の後、一瞬で驚きに頬が赤く染まる。
そんな一連の表情が、さっきまでなんとも言えずわだかまっていた自分の感情をすとんと納得させた。


あぁ、やはり彼女に、恋をしている。


やっぱりというか、なんというか。
レインの集中が途切れてしまったらしく、一旦休憩を挟みますとのスタッフの声にマスタールームを追い出された。
同時にレインもブースの扉から出てきたのだが、なんと声をかけて言いのかわからない。
一瞬だけ目が合って、しかし別のスタッフに呼ばれたレインがすぐ横をすれ違って、駆けていった。
その横顔が、まだ赤いまま。
心なしか熱いため息が漏れたように聞こえたのは、自分に都合のいい錯覚だろうか。
仕方なくシェイドの元に戻ると、いまだファインと仲良さげにしゃべっていた。
自分も加わろうかと逡巡するが、あまりにも楽しそうなそれにしばしためらう。
そんな間にスタッフがレインを伴って戻ってきた。
見やるとレインはどこか思いつめたような表情で、こちらを見つめている。
心配げなスタッフに背を押されながらも、決死の表情で話しかけてきた。

「あの! 少しだけお話させてもらってもいいですか…?」

願ってもないチャンスだった。

 

 

 

 

『あいたくてたまらない』








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