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「君、かわいいね?」

それがすべての始まりだった。

 


『今日はほんとうに、みんなありがとぉーーーーーーっ!!』

叫んだ声がマイクからスピーカーを通して、一段と大きく、広い会場に響き渡る。
その声に応えるように、客席からは同様にありがとーとかよかったよ!とか、拍手交じりに歓声がとどろいた。
それはもう、スピーカーの声に負けないくらい、いや、それ以上に。
ここはステージの上、それもそれなりに結構な人数の入る結構有名なライブハウスだ。
その中心にファインはいた。
すごいなー…と、どこか他人事のように思ってしまう。
これだけの人たちが、自分たちを見るためだけに集まってくれたのだ。
自分たち、そうファインとレインのアイドルユニット『FR』のために。

事の起こりは一年ほど前のことである。
たまたま用事があって出かけた繁華街で、ファインは声をかけられた。
最初は怪しげな勧誘だと思い無視を決め込んでいたのだが、あまりにもしつこく声をかけ続けられ、よくよく見てみたら案外しっかりとした身なりをしていて、立ち話だけならいいかなという気になる。
渡された名刺には芸能事務所の社名と名前が書かれていて、次は親御さんもご一緒に、是非電話をくれと念を押された。
とりあえず話のネタにはなったかなと帰ってきたら、それに食いついてきたのは驚いたことにレインだった。

「これ、ブライト様と同じ事務所じゃない!」

レインの大好きな、それはもう本当にびっくりするくらい大好きなブライト様とは、今超人気の二人組バンド『J.Moon』のベース担当である。
どうやら所属事務所までしっかりチェック済みらしい。
スカウトされたと話したら、いいなーブライト様に会えるかもしれないじゃないと羨ましがられる。
そんなつもりはまったくないのだがレインの勢いに押されて、しぶしぶ名刺の電話番号に連絡することとなった。
気が乗らないまま迎えた週末、家まで来てくれると言うスカウトマンを母と迎えたダイニングを、キッチンでは興味津々とばかりにレインが覗いていた。

「もしかして…双子、ですか?」

それを見つけた事務所の担当社員だという、連れの目が光った気がした。

「いっそのこと、二人でデビューしませんか」

にこやかに言われた言葉に開いた口がふさがらなかった。
もともとファインは、レインが満足する程度話を聞いたら断るつもりだったのだ。
それなのに。

「えぇっ!? いいんですか…?」

やはりというかなんと言うか、レインの目はそれはもう輝きに満ちていた。
だったらレイン一人でと言ったのだけれど、レインはそれじゃ不安だから嫌だと言うし、事務所の人たちも二人一緒の方がいいと言うしで、なし崩し的に付き合うことになった。
しかしそれからが早かった。
すぐにボイストレーニングやらダンスレッスンやらに時間を費やし、半年後には事務所一押しの大型新人としてCDデビューして、それがチャートTOP10入りを果たしてしまった。
すぐにセカンドシングルの予定も決まり、それがまた大ヒット。
デビューして一年たった今では、ファーストアルバムを引っさげてワンマンライブツアーを敢行し、今日がその最終日だ。
いくらなんでも順調すぎるんではないだろうか。
本当に現実なのだろうかとたまに自分すら疑いたくなる。
実はドッキリなんじゃないかとか。
しかし隣を見れば、千秋楽を無事に終えていまだ頬を上気させたままのレインがいた。
今はライブハウス近くのバーを貸しきっての打ち上げ中である。
未成年のファインとレインは、ノンアルコールカクテルで気分だけ味わっていた。

「どうした?」
「あの、なんて言ったらいいか…自分でもびっくりしてて」
「それだけ頑張ってきたんだ、楽しめばいい」
「はい」

声をかけてくれたのは、レインとは反対となりに座っていたシェイドだった。
シェイドはJ.Moonのボーカルとギター担当で、事務所の先輩でもあり、いつもなにかと気遣ってくれるいい人だ。

「それと前から言おうと思っていたんだけど」
「はい?」
「いくら先輩だといっても、同じ事務所なんだ。敬語は使わなくていい」
「あの、でも…」

ささやく様に、少しだけ近づいていわれた言葉にファインは戸惑う。
芸能界はそういった上下関係に厳しいと聞いていたのに、この事務所は違うのだろうか。

「わかったな?」
「…はい」
「それじゃ敬語だろ」

苦笑して言われてしまったが、こればっかりはすぐには直らないだろう。
ゆっくりでいいからとさらに念を押されてしまった。
ちょっと困ってレインを見れば、そのレインもちょっと困ったようななんともいえない顔をしていて。
どうしたのと促せば、思い切ったようにシェイドに向かって口を開いた。

「あの、ブライト様はいらっしゃらないんですか…?」

その問いかけにシェイドは曖昧に笑う。

「あぁ、まだ曲が出来てないらしくてスタジオにこもってるんだ」
「そうですか…お忙しいんですね」

明らかに残念そうなレインの横顔に、ファインとシェイドは顔を見合わせて小さくため息をついた。
シェイドは少しだけ嘘をついていた。
確かに曲作りは作詞も作曲も時にはアレンジさえブライトがほとんど一人で行っているが、今はそれほど逼迫しているわけではなかった。
だからこうしてシェイドも打ち上げに参加しているのだが。
そんな小さな嘘がまだ知り合って間もないファインにも伝わってしまうのは、レインとブライトの関係が明らかに良好とは言いがたいものだからだ。
レインは、ブライトに会うためにこの世界に飛び込んだと言っても過言ではない。
だからこそ、ブライトの怒りに触れたのだが。
しゅんとうなだれるレインを見て、ファインは時間が解決してくれることを願いながらストローをすすった。


打ち上げもお開きとなり、大人なスタッフたちは二次会だと騒いでいたが、未成年であるファインとレインはタクシーでマネージャーに送ってもらうこととなった。
アルコールの類はまったく飲んでいないとはいっても、周囲でどんどん消費されていくアルコールや煙草に酔い、それ以前に慣れないライブでの緊張や疲れで、ファインは既に夢の中だ。
その隣でレインは前に座るマネージャーにばれないように、こっそりため息をついた。
思い出すのはシェイドの少し困ったような笑顔。
忙しいなんていうのは言い訳だって、レインもわかっていた。
ブライトに、嫌われてる。
原因は自分にあるのだから。

「へぇ、君たちが新しく売り出す新人?」

まだ事務所に所属することを決めて間もない頃、同じ事務所の先輩方にあいさつ回りをするからとマネージャーに連れられてきたのは、いくつかある会議室のひとつだった。
レッスンやら打ち合わせやらで忙しい日々の中、スケジュールは聞いても頭に入ってこなくていつも行き当たりばったりで。
だからその日のそのときも、会議室に誰がいるかなんて入るまでわからなかった。
そして、そこにいたのは。

「本物のブライト様!?」
「ブライト、様…ね。 知っていてくれて嬉しいよ」

そこにいたのは紛れもなく、憧れのバンド『J.Moon』のシェイドとブライトだった。
あまりの驚きに、レインはつい叫んでしまう。
ちょっと苦笑気味ではあるが、笑顔を向けられてそれだけでレインは舞い上がってしまった。
だって、あのブライトが、すぐ目の前にいるのだ。
シェイドやほかのスタッフたちもいるのだが、レインにはほとんど見えていなかった。
担当マネージャーが慌てて止めに入ろうとするが、あー…という顔で隣のファインが無駄だと目配せする。
こうなったレインはもう手がつけられないのは長年の経験で承知していた。

「知ってるも何も、私、本当に大ファンなんです…!!」
「ありがとう」
「ブライト様に会いたくてこの事務所に入ったくらいで…もう本当になんて言っていいか…」
「へぇ…?」

だからレインは、ブライトの目が少しだけ細められたのには気づけても、その意味までは理解できなかった。
あぁ、目の前にいるブライトがいろんな表情を見せてくれていると、若干恍惚の表情すら浮かべている。
そんな舞い上がったレインに向けられたブライトの言葉は、驚くほど辛辣だった。

「そんな心構えで始めたなら、今すぐやめたほうがいい」

目を見開き、硬直してしまう。
え、とレインが理解するまもなく、ブライトの言葉は続いた。

「もっと真剣に歌いたい奴や俳優としてやっていきたい人はいくらでもいる」

君はそんな人たちのチャンスをつぶしているんだ。
あまりの言い様に、さすがに周囲のスタッフたちにも動揺が走った。
マネージャーも慌てて、今日は挨拶だけですのでこれで失礼しますといって、レインとファインを逃げるように引きずっていった。

「どうした、ブライト…? らしくないじゃないか」
「…別に」

横にいたシェイドが声をかけるも、ブライトの表情は硬いままだった。
そんなことは知る由もないレインは、その後のレッスンに身も入らず、鬱々を日々をすごしていた。
ひどいことを言われた。
大好きなブライトに初めて会ったというのに、辛辣な言葉をかけられて終わってしまった。
今までないくらい、とてつもなく落ち込んだ。
しかしよく考えれば、言われたことももっともだと思う。
あんな心意気では真剣に仕事をしているブライトだけでなく、ほかのスタッフにも失礼だ。
それに気づいてからレインはすごく頑張った。
もともと歌うことは好きだったし、ダンスもあまり激しいものは苦手ではあるが決して嫌いじゃない。
そして迎えた今日という日。
その頑張りが認められたみたいでうれしかった。
本当はブライトにも認めてもらいたいけれど、きっとそれは無理だろう。
ごくまれに歌番組とかで共演することはあっても、すぐに目をそらされてしまう。
ファインやシェイドが心配してくれているのもわかるのだが、こればっかりはしょうがない。
あの時見たブライトの冷たい目が忘れられない。
デビューしてからもこっそり行っているJ.Moonのライブや歌番組のTV越しでは、あんなに優しい笑顔を向けてくれるのに。

「それでも大好きなんだもん…」

ポツリとつぶやいた声は、窓ガラス越しに流れる夜景に消えていった。






 

 『やっぱり君が好き』


ずっとやりたかった芸能モノ。
ラブコメ目指してやっぱり撃沈です…。


 

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