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「こンのクソ狸ジジィ…!」

ばんっ、と手に持っていた資料の束をテーブルに叩きつける。
それでも足りず壁のひとつでも蹴ってやりたいのだが、ここは宝石の国の王城控え室。
そんなこと出来るわけない。
けれど思い出してもムカムカするのは、この国の外交官達の対応だ。
いくら自分がプリンセスだといっても外交にはまだペーペーの新人で、今日初めて一人で交渉の場を任された。
十分資料もそろえたし、それなりにシュミレーションだってした、以前別の担当者にくっついてきたこともあるからそれなりに流れや相手の癖もわかってる。
それでも隠し切れない緊張や、詰めの甘かった展開、それから慣れない外交術に足元を見られてせせら笑われることもままあった。
悔しくて悔しくて。
それでも何とか頑張れたのは、昔城を抜けだして出会った町の人達の笑顔とファインとの約束。
ロイヤルワンダー学園を卒業した後、自分たちも国政に関わることになって。
まだまだわからないことの方が多いけれど、それでもなんとかお父様とお母様の助けになろうと他の貴族達に紛れて勉強していた頃。
助けてくれる大臣や貴族達はいるけれどそれでもプリンセスであること、それから女性であること、それらが陰口を叩かれる所以になっていたことは知っている。
一時期は王位を継ぐことすら危うかったこともある。
なんとかそれだけは阻止したくて、少しだけ無茶もした。

そんなときにしたファインとの約束。

『あたしはこのおひさまの国のこと、レインは他の国とのことに集中しよう』

最もプリンセスらしくないプリンセスと言われた自分たちだから、人並みになるまでやっぱり時間がかかる。
だから手分けしよう。
二人いるから出来るそんなこと。
その分この国を思う気持ちも二人分で、みんなよりずっとずっと大きい。
きっと、二人なら出来るよ。

笑顔で交わした約束は今も心の中にある。
絶対に破ったりしない。
時々挫けそうになっても、諦めたりしない。
まだ、頑張れるよ。
そう思って、叩き付けた資料の中から抜き出した1枚は今日の成果だ。
優しさの欠片もない外交官達からなんとかもぎ取った貿易ルート。
国全体から見ればたいしたことないが、自分の中では初めて達成した大きな仕事。
たとえ小さくても、とても大きな一歩だった。

「ルート開通おめでとう」

怒りも何とか収まって微かな達成感に浸っていると、ふいにかけられた声。
この声は知ってる、いつも優しく耳に響く彼の声。

「ブライト…?」

ドアの方だろうと振り返ってみたのだがそこには誰もいなくて、そういえばドアの開く音を聞いていない。
ぐるりと辺りを見回してやっと彼の姿を見つけたのは、なぜかバルコニーに続く開いたガラス戸の前だった。

「お疲れ様」

にっこりと労ってくれる笑顔は久しぶりすぎてちょっと目頭が熱くなるけれど何とか堪える。
今日は外交官としてきたのだからと背筋を伸ばして殊更ゆっくり歩み寄ることで自分を抑えた。
本当は彼に飛びついて抱きしめてほしかったけれど。

「ありがとう」

すぐ傍にまで歩み寄ってきた彼を見上げて精一杯の笑顔を浮かべた。
外交官らしいあの食えない笑いじゃなくて、自分の笑顔。
それくらいは許されるだろう。
こんなにも近くにいるのに、彼の匂いすら届きそうなこの距離で触れることすら出来ないのは、辛い。
すごく久しぶりに会えたのに。

「ところでこの部屋の上は僕の執務室になっていてね」
「うん…?」
「だから僕はバルコニーから来れたんだけど」

昔とった杵柄かなと笑う彼の顔がいつになく幼く楽しそうで、ついこちらも顔が綻ぶ。
けれどその顔がどこか悪戯気に窺ってくるのに気が付いて。

「なに…?」
「僕、バルコニーから来たって言ったよね?」

聞いたのはこっちなのに疑問で返されて。

「あっちのドアじゃなくて、わざわざバルコニーから来たんだけど」

彼の指が示すのは自分が入ってきたごく普通の――この城はいたるところが華美でおひさまの国に比べたら随分細かく美しい彫刻が施されているのだが――ドアで。
そこになにかしらの意味があるのかと思ったのだけれど、特に思い浮かばない。
じゃあバルコニーと何が違うかといえば、普通に考えればドアの外には誰かしらが付いているはずだからブライトが入ってきたことを誰も知らないくらいだろうか。

「……!」

もしかして、期待してもいいのだろうか。
見上げた先で優しい瞳が煌めいて。
今度こそ思いっきり抱きついた。

「気付いてくれなかったらどうしようかと思った」
「…ごめん」
「僕だってすごく会いたかった…」

背中に回された腕に力がこもる。
微かに触れ合う肌が熱い。
思いっきり吸い込んだ息に紛れる微かな香りが心地良い。
久しぶりに分け合う熱が泣きたくなるほど嬉しい。
ささくれ立っていた心が癒される。

「頑張るのもいいけど、僕の前くらいはゆっくりすればいい」

光のように降りてくる声に見上げた顔はどこか苦笑めいていて、どれだけ自分の肩に力が入っていたかが思い知らされる。
それからこの腕の中がどれだけ安心できるかも。
暖かくて優しくて、きっと無条件で守ってくれる。
それはすごく魅力的でつい頼りたくもなっちゃうけれど、守られたいわけじゃない。
自分にも守りたいものがある。
だから、甘えたりはしない。
離れるのは辛いけど、それ以上に頑張らなきゃいけないことがある。
もう会えなくなるわけじゃないから。
だからずっとここにいられないから、せめて精一杯の笑顔で離れたい。

「ありがとう」

でも、時々はここで休ませて?






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